The Migratory Bird

自分が渡り鳥だと勘違いしている社会不適合の書き溜め

総括・人格・抱負

今年の元旦の朝も私は泣いていました。去年はほぼ毎朝毎晩、悲しくて不安で怖くて泣いていました。幸せな出来事は自分と関係のないことに感じました。周りのみんなが笑っていると、自分だけ違う次元にいる気がしました。私はこの世界から隔離されていました。流れていく時間と止まっている自分を、一枚ガラスの向こうから、冷たい目で見ていました。

 

去年の初め頃、私はイギリスの大学を休学でなく退学することにしました。信頼できる人間がいる場所で一度きちんと頭を休めてコンディションを整えないと、どの道を選んでも私はまた失敗して、何度も何度も繰り返し傷つくだろうと思いました。イギリス生活は、海外特有の苦労(言語や食や慣習の違いによるものなど)は感じてなかったけど、初めの大学にいた時と同じように少しずつ生活が壊れていく音がしていて、これは持たない、と直感していました。もう同じことを繰り返すことだけは避けたかった私は、いっそ人生を一度リセットしようと思いました。

そのために、海外旅行もしてないし、国内旅行もほとんどしてなくて、本をたくさん読んだわけでもないし、新しいことも始めない、本当に平坦な一年を過ごしました。常に刺激を求めて生きてきたので、自ら進んで代わり映えしない生活を選ぶのは苦痛で仕方ありませんでした。私は「頑張る」ことをせずただ毎日生活をして、人と関わって、生きている実感を得ようとしました。自分を取り戻そうとしました。

というのも、私は高校を出た後の数年間、情報を吸収しすぎて自分が全くわからなくなってしまった気がするのです。この数年で色んな場所へ行きました。色んな人と出会いました。私はその時々で新しい「私」を生み出しました。そして内蔵したり、その場に置いてきたりしました。福岡に帰ってきた時、そこにはその時の「私」の知らない景色があり、とても困惑しました。その時使用していた「私」は福岡を知らなかったため、解離状態になりました。見えるものすべてに馴染みがなく、家族さえも他人に感じて、世界に対する違和感に支配されて恐怖にかられました。

 

多くの人が自分を使い分けて社会生活を送っていると思いますが、多くの人はコア部分がきちんと存在している感じがして、対照的に私は中心となる人格がぼんやりしていて、自分のことがよくわからない感じがします。

子供の頃から、学校の友達は自分を理解してくれない人たちだという前提があったため作業的に彼らとは付き合っていて、私は彼らと違う存在なんだなと感じていて、一人になると友達のことを気にかけることが少なかったように思います。友達付き合いは、やるものだからやるだけで、別に求めていませんでした。だから未だに友達の大切さというのが実感できないし、尊さもわからないし、どうでもいいと思ってしまいます。小中高生の頃はいたってストレスなく付き合っていたけど、一人になると音楽ばかり聞いて違う世界に浸ることでバランスを取っていました。または楽器を触ったり、詩を書いたりしていました。それらは私に影響を与えてくれて、会話も与えてくれました。

私の中にある音楽や言葉に接する私と、各人と会話している自分は、全く別のものに感じていて、どれが私なのかわからないのです。それが苦痛でなければ問題ないんですが、問題が生じたのは今私がズルズル引きずっている軽度精神疾患が発症した時です。抑鬱状態に陥り興味関心を一切失った私は、音楽にも文章にも映像にも何にも感情を持たなくなりました。東京にひとりぼっち、学校は行けなくて学校用の私にもなれず、友達はいないし、いたのかもしれないけど興味がなくて頼ろうとも思わないし、家族も兄しかいなくて、私は、経験したことのない「会話対象のいない私だけの私」になりました。完全なる孤独でした。一番好きだった音楽に見放されたと思いました。なんなら人間の友達より大事だった音楽が、私から離れたと思いました。とても悲しくて混乱して、黒いもの(不安や恐怖や孤独感などネガティブな感情の塊で、心に住み着いて時々襲ってきていました)がどんどん巨大化していきました。

これが強い不安感情や精神疲労に伴う解離なのか、境界性人格障害の気があるから人付き合いが苦手なだけなのか、そもそも子供の頃から解離性ASDの気があるからなのかは、もう何が何だかわかりません。それに、どれが原因なのか知る必要があるのかもわかりません。ただわかるのは、私は人間と関わるのがとても苦手で、音楽が必要だということです。どれが自分かわからず不安になることもあるけど、そういう時はとりあえず好きな曲を聞いていれば私はどこへでもいけるし誰にでもなれて幸せになれるので、その感度が落ちないようにストレスマネジメントをしようと思います。

 

去年一年かけて「私」はとても福岡に馴染んだし、離人状態になることもほぼなくなりました。自分の体と心が一致してる感じもしているし、生きている心地がしなくて苦しかったのも消えました。かなり元気になった実感があります。体がだるすぎて副腎に問題があるのかと思って検査入院までしたけど(結局顕著な異常はなく心的要因があるとされて心療内科に回された)、それもよくなって体力も割と取り戻した感じがします。好き嫌いを超えたコントロール不能の異常な大学生に対する苦手意識も、頑張って自発的に大学生と接する機会を増やして訓練したので、かなり薄れてきた気がします。まだ同年代くらいの集団を見るとウッとくるものがあるけど、人は人だしな、まあなんとかなるかな、と思える心の余裕も出てきました。次の課題としては、自尊心/自己肯定感が低くてちょっとしたことでも激しく落ち込んでしまい、やろうと思っていたことに手がつかなくなったり、他人にさえも悲しみをぶつけてしまう、というのがあるので、今年はもっと自信をつけて落ち着きのある人間を目指そうと思っています。

 

今年は、上京して大学受験生をします。初め大学に行けなくなった時から今まで私が健康になろうと努力してきたのは、その先に「大学で勉強がしたい」という希望があったからで、今更他の道を選ぶことができそうにありません。他にも色々な進路を検討したけど、自分の納得のいくものを見つけられませんでした。海外の大学に行くことも考えましたが、たった1年休養しただけで完全復活したわけではないのでまだまだ慎重に生きて行く必要があり、今すぐの海外生活はリスキーと判断し断念しました(最初に海外に出た時は少し元気になっただけで自分を過信していました)。福岡で予備校生をするのも考えましたが、行きたい大学が福岡にない上に若い時代を福岡で過ごしたくないので、いずれ東京に出るのなら、先に出ておいて生活に慣れた方がいいと考えました。東京なら海外より実家に逃げ帰りやすいし、いい安全策だと思いました。こう書いてみると、いかに自分がわがままでしかもそれが通用しているかを痛感してとても頭が上がりません。生きていてすみません。頑張るので許してください。

 

私は大多数と異なる選択をして優越感を感じたり、そんな自分を愛することができるようなタイプではないので、これらの選択に関して世間の目は死ぬほど気になっています。本当は現役で入った大学を卒業して海外の院に進んでホワイトな一般企業に就職して、バリキャリ街道を進んだり某国際機関を目指したりしたかったので、時折こんなことになっている現実を客観しては頭を抱えます。そういった王道のエリートコースに対して「強さ」を感じているので、同時に今の状況に「弱さ」を感じており、低い自己肯定感の原因にもなっています。が、こうなってしまったからには今あるカードを握りしめて生きていくしかないし、人と比べても仕方ないので、自分を絶対的に捉えて前向きにやっていくしかないと思っています。

全体的に元気にはなっているものの、どんなに前向きなことを思った日でも朝や夜は不安に負けてしまうし、他人の少しの言動でひどく傷ついたりもするし、希死念慮に覆われて抜け出せなくなる時もあるし、限界に達すると自傷行為もします。だけど、音楽が最近は寄り添ってきてくれてるし、きよちゃん(愛鳥)も毎日可愛いので、なんとか東京でやっていけるような気がしています。とにかく勉強して偏差値を上げて、根拠のある自信にしたいです。去年後半はあまり考えすぎずに週5〜6で労働していたらいつの間にか数ヶ月経っていたので、受験生生活も同じ要領でやれたらと思います。大変と思いますが、とにかく大学で健康に楽しく勉強がしたいので、頑張ります。

今年はさらに健康に、幸せになりますように。

 

おわり