The Migratory Bird

自分が渡り鳥だと勘違いしている社会不適合の書き溜め

インターネットの女の子

ここ4年、私が好きになった人たちは、インターネットを介して出会った人ばかりだった。

 

19歳になるまでは、好きな人がいても付き合うことはなかった。中学の頃一度周りに押されてバスケ部のキャプテンに告白してみたけど、ルーズリーフに汚い文字で書かれた返事で恋は終わった。高校の頃はインターネットで仲良くなった他校の男の子に恋をしたけど、一度オフをした途端冷たくされ、深い傷跡を残してそれも終わった(この時容姿コンプレックスが過激化した)。その後楽器が上手い先輩に一目惚れしたけど、一度デートして告白されたら冷めてしまった(主な原因はカラオケでゴールデンボンバーの『また君に番号を聞けなかった』を歌われ興醒めしてしまったから)。最初に都内の大学へ入学して間もない5月、同じ学部の男の子に縦書きの便箋に綺麗な文字で認められた恋文をもらったけど、受け入れることができなかった。ショックだった。気持ちに応えられないことがつらくて、罪悪感でいっぱいになった。今思うとあの苦しみは、自分を受け入れようとしてくれる人に心を許せない、自分を見せられない、もどかしさと悲しみがあったんだろうと思う。そんなこともあって学校に行きづらくなり、多忙な日々のストレスが溜まり、しばらくして不登校になると、大学や高校の友達とは疎遠になった。彼らに鬱で不登校になっていることはとても言えなかったし、ツイッターで苦しいと発信していても、フォローしていてツイートを見ているはずの彼らと会っても"そういう話"はタブーだと感じた。偏見を持たれるのも怖いし、気を遣わせるのも悪い。だから自然と、物理的にも気持ち的にも、離れてしまった。そうして私の交友関係は狭まり、私の内情をツイートで知っていて心配したり関心を持ったりしてくれるインターネットの人たちと遊ぶことが増えた。

 

ツイッターから恋愛に発展することは、今や普通のことだろう。私もその流れに乗っかっていた。赤裸々に綴った言葉を、対面では人に言えない素直な気持ちを、"わかって"くれているような気がする人に、簡単に心を許した。

 

私は元々バリアが固い。性別に関わらず人の前ではニコニコして社交的に振る舞っても、プライベートなことに突っ込ませることはあまりなかった。好きな音楽も好きな本も映画もテレビ番組もあまり共有したくなかったし、遊びに誘うのも、遊びに参加するのも、苦手だった。異性だと特にダメだった。小学一年生の頃に仲良しだった男の子二人に突然ハブられてからかわれて以来、男の子と話すことも、触れることも触れられることも、自分のものに触れられることすら嫌だった。女の子の友達だって"親友"みたいな人は、幼稚園で知り合い中学に上がる頃まで文通をしていた子しかいなかった。その子とももう疎遠だ。私は生涯、なかなか心を開かなくて、"よくわからない人"として見られてきたと思う。人付き合いが悪くて、一人を好む。でも第一印象は明るくて、時折謎のリーダーシップを発揮する。色んな顔や声色を使っていて、何を考えているかわからない。そう周りの人には思われていた気がする。

 

そんな性格の私が小学生の頃インターネットを始めると、水を得た魚だった。私は多分口で話すより文字にする方が得意だし楽だ。私は小学3年生の時、FC2ブログを始めた。ネットリテラシーの範囲でなんでも書けた。学校では人に言えないようなことも気が大きくなってたくさん書いた。将来の夢、大きな目標小さな目標、毎日の出来事、好きな人のこと、好きな芸術作品、自作の詩、学校や社会に対して思うこと、インターネットに対して思うこと、なんでもブログに書いた。すごく楽しかった。なんなら学校で人と話すより、考えを記事にまとめている方が楽しかった。高校生になるとツイッターに移行して、引き続き書いた。かつ、ツイッターではブログの頃より活発な"人との交流"が生まれた。ややこしくもあり、楽しくもあった。私の町は晴れているのに、タイムラインには雨が降っているとツイートしている人がいて、ワクワクした。日本中の高校生と仲良くなって、学校では共有できない音楽の知識を共有した。学校では打ち明けられない秘密や本音を共有した。私はその頃福岡にいたので、東京でセンスのいいバンドをやっている高校生や大学生の様子を見て、絶対に大学は東京に行こうと思ったりした。人生選択にさえ影響したのだ。

 

いざ大学生になると、状況は一変した。楽しい交流の場ツイッターは、地獄になった。これはすごく反省してるんだけど、心を病んで以来、同じように病んでいる人たちと相互フォローになり、触発されたように私も毒ばかり吐くようになってしまった。棘のある言葉を使っていたし、自傷跡の写真を惜しげもなくアップしたりした。それが反応を得られるものだから、多分それが快感なこともあって自傷は悪化し、どんどん悪循環に陥った。タイムラインには死にたそうな人ばかりいて、私も毎日希死念慮を垂れ流した。風の噂で自殺したらしいと聞いた人もその中にはいた。そんなツイッターの使い方をしながらも、仲良くなった人とリアルで会うことがあった。一度だけしか会わなかったり、何度か遊んだり。その人たちと旅行に行くようなこともあった。高校や大学の友達とは疎遠だったから、人との繋がりなんて、バイト先の人を除きそのツイッターの人たちくらいになっていた。

 

そんな日々を過ごしていれば、出会った人を好きになったり、好きになられたりすることもあった。

でもなんだか、私はいつも虚しかった。

 

インターネットで出会う人と、深い関係を築くのは難しい。リアルで出会う人とさえ難しいのだから、一層難しい。私たちが日々挨拶をできる場所はTwitterやLINE、FacebookInstagramSkypeそんなコミュニケーションアプリケーションだけ。私はほとんどの人の電話番号も、住所も知らない。共通の友人もいない人ばかりだから、アプリにおいてアカウントを消せば、またはブロックすれば、連絡は取れなくなる。近所のスーパーで偶然出会うことも、学校ですれ違うことも、ない。もちろんその距離感はインターネットで繋がる利点の一つだ。でも、恋愛となるとどうだろう。簡単に連絡手段は途絶えてしまうし、そのアプリケーション内には同じ"インターネットの人"は数多いるわけだから、自分の代わりの人間なんていくらでもいる気がしてしまう。

 

私はインターネットの人と恋をしても、自分はいつも、ただの"インターネットの女の子"だと感じてきた。いつになっても、大好きな人にとって私は"インターネットコンテンツ"なんだと。19歳、大学を休学していた頃、とても好きだった人と初めて会った時、実際に聞いてしまったことがある。会いたくて会いたくて堪らなかった人にやっと会えたというのに、「私はただのコンテンツなんでしょ?」だなんて泣きながら聞いてしまった。案の定困らせてしまったし、「そうは思ってないけど、正直そうかもしれない、わからない」と言われてしまった。当時はすごく傷ついた。インターネットコンテンツではなくて、一人の生身の人間として扱ってほしかった。でも無理もないよねと今なら思う。

 

それ以降も何人かと関係を持ったけど、ずっとその感覚は抜けなかった。インターネットを介して恋愛をするのに慣れていない人が相手だと、尚更つらかった。「インターネットの女の子とデートするなんて」とか言っていた人と恋をすると、終わるたびに「私は彼にとってただの黒歴史にしかなれなかった」と思った。その経験のせいで、今までのインターネットを介しての恋愛の全てが、相手にとっては隠したい、消したい、黒歴史なのではないかと疑心暗鬼になった。私はインターネットコンテンツなんだ。会ってみると面白くて楽しくてエキサイティングな経験になる。でもいざ付き合うとなると、うーん。私は生身の人間として愛してもらえないんだと思った。もちろん私の性格が良くないとか、不安定で付き合いづらいとか、そういう理由が一番大きいんだろうけど、ただ私は、"インターネットの女の子"から"恋人"に昇格したかった。

 

私は他人を"友達"にどうやって昇格させたらいいのかわからない。インターネットの人がどこから"友達"なのか判断するのは難しい。だから、"インターネットの人"と思っていた人が私のことを"友達"と称しているのを見聞きすると「あ、そうなんだ」と驚いたりする。そういう考え方のせいで、自身のことも相手にとってただの"インターネットの人"もして自認してしまっているだけで、相手にとって私はちゃんと生身の女の子だったのかもしれない。だけど、ブロック一つで連絡手段を完全に切断できて赤の他人になってしまえるような不安定な関係性の中で、やっぱり私は簡単に相手との繋がりが確かなものだと実感できない。

 

私が恋をした各人と、もっと会って、もっと理解し合いたかった。私たちを繋げるものがインターネットだけじゃ嫌だった。体だけでも嫌だった。もっと、心で繋がっていると感じたかった。"お付き合い"の契約なんていらないと思っていた時期もあった。でも私には必要だと気づいた。生身の人間として、友達に紹介できる恋人として、相手の一番になりたかったし、なれなかった。

 

私はもう"インターネットの女の子"をやめたい。

Twitterマッチングアプリなんかで人と出会ってどうこうするのにもう疲れてしまった。かと言って、相席屋に行ったり合コンをしたり、ナンパされに行ったりするほど、人肌に飢えているわけでもない。か細い人脈を駆使して大学や高校の知り合いだった人たちを漁るみたいなのも面倒臭い。予備校にいる人たちと話すつもりもない。この4年間、短期バイトみたいな恋愛ばかりしてしまった。同級生たちがサークルの先輩やバイト先の友達と物語みたいな恋愛をしている間に。次恋をするとしたら、それはどんなものなんだろうと想像する。今度はちゃんと恋人になりたい。社会ステータスが落ち着いていてほしい。精神的にも安定しててほしい。相手はどんな人だろう。前の彼より素敵な人がこの世にいるんだろうか。いないかな、いやきっといる。色んなことを思う。今が悲しくても、未来はいつも眩しい。

 

 

 

私は人付き合いが下手だ。異性とも、同性とも。子供の頃から、孤独感が強い方だったと思う。インターネットに溢れる孤独な人間たち同士が仲良くなれたら解決するのかと言われると、そうでもないから難しい。この記事を読んで共感する部分がある人もいるかと思う。そんな人たちにも私にも、素敵な出会いと、深い絆を得る感覚が、いつかはやってきますように。

 

おわり