The Migratory Bird

自分が渡り鳥だと勘違いしている社会不適合の書き溜め

元気なフリしかできない人

精神科・心療内科に行って診察を受けても、元気なフリをしてしまう。本当は死にたいのに、何もかも諦めたいのに、死ねないから生きてるだけなのに、そういうことは言えない。カウンセラーにさえ本音で話すのが難しく感じて、やっと素直に話せたと思ったら涙が止まらなくなって、何から話せばいいのかわからなくて混乱する。

 

そういう経験がある人は結構多いと思う。どうして人前だと元気なフリをしまうんだろう。明るい人だとか、友達が多そうとか、そういう虚しい評価を得てばかりいる。なぜか人といると話を合わせることができる。相手を笑わせることができる。でも本当は全然明るくなんてない。友達なんて体感的には全然いない。帰って一人になったら何かしらのことで悲しくなる。理解者がいないと思えて孤独に感じる。でも自分の中の前向きで頑張り屋さんな人格が憂鬱や体調不良に対処しようとする。本やネットで集めた知識をフル活用して、なけなしの希望を高く高く掲げて、なんとかしようともがく。

 

ずっと私は自分の同調性の高さに悩んできた。みんな色んな顔を持っているものだけど、私はそれぞれの顔が同一人物のものだと感じてこなかった。昨日、アダルトチルドレンについて少し調べていたら、これは使えるかも、と思った。インナーチャイルドという概念を知った。今まで自分は機能不全家庭で育ってないから絶対にACではないと思い込んで、もしくは自己暗示をかけていて、深く調べることをしなかったので知らなかった。(参考: https://sorakumo.jp/report/archives/8 )

私のインナーチャイルドはヒーロー型で、親や親戚や地域の人から、直接的にではないけれどかけられていた期待を感じ取って、頑張らないといけない、期待に応えないといけない、と思い続けて頑張ってきたのかもしれない。そして、その形成された私の一部分が、今現在その期待に応えられない情けない自分を責めがちだとしたら、結構腑に落ちる。私は明らかな機能不全家庭では育っていないのに、ひどく自己批判的だし、なぜか自己肯定感が低い。何かおかしいなと思ってる。今思うと最初に抑うつになった時は、大学をサボっていることで親に申し訳なくて仕方なくて負担になっていた。随分それに関しては克服して罪悪感はマシになったけど、未だに私はダメな人間だと思う時には、親不孝だから、と考えてしまう。

 

元気なフリをしてしまう癖は、ここに依るのかなあと思ったりする。"良い子でいること"に慣れすぎているのかもしれない。だから本当につらい時も人に頼ることができなかったし(現在は結構頼れるようになった!各位へ感謝)、人格が切り替わるような感覚に違和感があるのかもしれない。もし一人でいる時がインナーチャイルドが前面に出てきている時で、それが傷ついたままなのだとしたら、この一人でいる時の自分を変えれば、もっと楽になるんじゃないかなと思う。人と接している時の自分ではなくて、一人でいる時の自分が、もっとリラックスしていて、自分に優しい自分になれれば、元気な自分とのギャップに悩むことはなくなるんじゃないか。

 

どうやって一人でいる時の自分を変えるかは難しい問題だから、これから色々試していくしかないと思う。ただ、いつも良い子でいなくていいことや、嫌なことは嫌とちゃんと言っていいってことや、弱音を吐いても案外受け入れてくれる人はいるということを、今より深いところで理解できたらなと思う。

 

このギャップがあるせいで人に心を開ききれず友人関係の維持ができないのがかなり大きいので、改善しないとマズいかもなあと思う。ニートやフリーターや予備校生をしていると人間関係で困ることは少ないけど、きっと学校のコミュニティや会社の組織で立ち回ろうとした時、支障が出る可能性が高いから。実際にそのせいで大学で友達ができなくて、困った時誰にも頼れず状況を悪化させた経験もあるし。

 

一人でいる時ももう少し元気でいられるように、人といる時の自分と一人でいる時の自分のギャップのせいで人と距離を感じすぎてしまわないように、努力していこうかなあと思う。

 

 

ちなみに、こうやってインナーチャイルドという概念やアダルトチルドレンというカテゴリを利用しようとしているけど、こうやって自分をカテゴライズしてあらゆる欠点の言い訳にしたいわけじゃない。物忘れが多いことやスケジュール管理が苦手なことや先延ばしグセがあることを発達のせいにして、何でもかんでも許して欲しいわけじゃない、人に迷惑をかけたいわけじゃない。HSPで繊細だから優しくしろと言いたいわけじゃない。醜形恐怖症っぽいから見た目を褒めて欲しいわけじゃない。ただ私は体調を崩さず、毎日泣くことなく、自分を傷つけることなく、ただ普通に普通に学校に通って、好きな勉強をしてから働きたい。そのためには体調不良や精神的苦痛に至るメカニズムを知って対処方法を自分で探すしかない。そのためには類似した症状を示す疾患名なんかは良い指標になるし、その治療法や対処法を参考にして自分の生活に取り入れて様子を見るしかない。身体的不調と精神的不調は連携してるしあらゆる要因があってそれらは起きるものだから、よほど重症でない限り診断名をつけるのは無理。簡単に病名をつけて薬をたくさん処方する医者は良くないと思う。だからこそ幅広く知識を入れて、自分に必要なものを厳選して、対処・改善していくしかないなと思ってる。勿論素人には限界があるし、自分は◯◯病に違いない!と決めつけるのはよくないと思う。そう思い込むと、心と体はその症状に寄っていく気がするし、間違った対処法で逆に悪化させたり、悪い商売に引っかかる可能性なんかもある。だけど、状況把握、分析、分類、対処、というプロセスで自分なりの解決策を探すことを間違ってるとは一切思わないし、これからも程度を弁えながら続けると思う。だってそうしないと、きっと状態は悪化するし、誰より私自身が苦しむことになるから。今までだって、その努力をしなかったら今よりもっとひどい状況だったと思う。

 

自称うつ病とか自称発達障害とかメンヘラとかを、馬鹿にしたり、批判したりする人たちがいるけど、そう自称する人たちは完全には診断基準を満たさないとしても多くの症状に苦しんでいて、自称に至るまでに自己分析をして努力したケースが大半なわけで、そんな人を見下すような人たちの存在は不快に感じる。中には病名を盾に自分を甘やかしている人もいるかも知れないけど、その人たちになぜ強く当たる必要があるのかわからない。他人にそんなに干渉したがることが理解できない。だらだらしているように見えて羨ましいなら自分もだらだらすればいい。仕事なんて、学校なんて、辞めればいい。そんな簡単に辞められないに決まってるだろなんて言い訳は通らない。大半のダラダラしているように見える人は、"辞めざるを得ない"状況まで追い込まれた人だから。羨ましいなら、同じくらい心身を追い込まれればいい。そこの差を知らず勝手に妬んでいるだけではないかと思えるような発言を見るとすごく腹が立つ。実際に私も人にそんなことを言われたし、その時は単純に傷ついた。でも今思えば許せないなと思う。同じ目に遭えばいいのにとも思う。言わないけど。人が悲しそう、苦しそうだったら、相手がどんな甘え野郎でも、死ぬほど性格が悪くても、自分に多大なる被害を及ぼすような相手でない限り、なるべく優しく接するものだと認識してるので、その認知に反することが起きるとすごく戸惑ってしまう。

 

精神疾患発達障害の診断がついている人も、ついていないけど同じような症状で困っている人も、みんな一緒に自分のことを大切にして幸せになっていきたいですね。私は、私に刃物を何度も何度も刺してこない限り、つらそうな人たちの味方でありたいです。リアルの人に話せないことでも、何でも相談してください。私も自分にもっと優しくなれるように努めます。

 

おわり