The Migratory Bird

自分が渡り鳥だと勘違いしている社会不適合の書き溜め

自傷行為

理由なんて明確にはわからない。承認欲求を満たすための愚かな迷惑行為だと揶揄されても仕方ない。否定できない。誰かに見てもらいたいからやるんだろうか。酷暑の中でも毎日長袖で外出しているのに?

 

 

私の自傷行為は主にアームカットと吐き気を催すまでの過食。親が持たせてくれた薬や精神科でもらった向精神薬オーバードーズしたりもした。ベッドから落ちたり包丁やハサミを叩きつけたりして痣を作ったりもした。始めたのは大学に入ってからだし、それまでは自分がこんな傷だらけになるなんて思ってもみなかった。学年に数人いる、家庭環境が恵まれてないちょっと変わった女の子が、隠れてやるものだと思っていた。私とは無関係だと。

 

始めた当初は、誰かに助けを求めてやっているわけじゃないんだ、と自分に言い聞かせていた。助けてほしいなんて思わなかった。とにかく自分でなんとかしないといけないと思っていた。でも物事が上手くいかない。どうしていいかわからず、混乱の中一人で立っているしかなかった。頭は重くて痛くて、肩も凝ってだるくて、あまりに精神的に苦痛で心臓が痛くてたまらなかった時、腕を切れば、少しは楽になるなかなと思い立った。息もしづらくて何が何だかわからない中、よろけながらベッドを抜け出し、カッターを手に取った。血を見たら落ち着いた。2014年の6月、同期が楽しい大学一年生生活をやっている頃だった(笑)

 

カッターを兄に隠されたら包丁で切った。カッターも包丁も職場に持っていかれたら、コンビニまでカッターを買いに行って切った。全然切れない安全剃刀で何回も同じ場所を切った。その力もなければただベッドから落ちることを繰り返した。最初は少し痛かった。後悔もした。でも繰り返していると、痛みも和らいできた。後悔もしなくなった。もっと傷跡が欲しくなった。もっともっと傷つけたいと思った。腕、二の腕、肩、首、脚、足、と範囲は広がっていった。ヒリヒリ痛むお風呂にも慣れた。自傷行為が私の尊厳を保っているような感覚になった。痛めつけることが私の中で正しいこと、唯一私を私たらしめるもののように感じて、ひどい時は脚を切り落としてくれ、腕を切り落としてくれと大声で泣いたりした。とにかく体をボロボロにしたかった。そうでないと、私は認められないと思ったのかもしれない。

 

救済だと思った。やめたいと思った。異常だと知っていた。自分が気持ち悪いと思った。やめたくないと思った。

 

2015年の春、親に精神疾患のことも伝え調子も良くなってきたので、本当にやめてやると意気込み、思い切って、ケロイドの切除手術を受けた。でもそれで綺麗になるわけもなく、傷跡は今もしっかり目視できる。どうせ消えない傷跡があるのなら、どうせ隠さなくてはいけないなら、いくら傷つけてもいいだろうと思ってしまう。だから今も時々やる。

 

 

私は他人が自傷行為をしていてもやめろとは言わない。それがその人にとっての唯一の救済である可能性があるから。私は何度も人にやめなさいと言われた。精神科医、カウンセラー、好きな人、知らない人から。好きな人に「傷つけているのを見るのはつらいのでやめてほしい」と言われた時は、やめようかと思った。だけど結局大した抑止力にならなかった。唯一の救済を我慢して私がつらい思いをすれば、それが相手の幸せ?そんなの全然優しくないと思った。所詮友達以上恋人未満でしかないくせに、にしかなってくれないくせに、なんなんだと思った。親からもらった体を傷つけるなんて親不孝だ、なんて言われても、誰もこんな醜くて機能不全な体に産んでくれなんて言ってないし、と思ってしまいダメだった。私は自分を傷つけることでしか幸せになれないのに、なんでやめさせられなきゃいけないんだ。

 

動機については自分でも色々調べたり考えたりしてきた。人によると思うけど、私の場合は一種の解離状態から解放される感覚を求めてやり始めて、ハマっていったのかなと思う。血を見ると過呼吸も動悸も収まって正気に戻れる感じがしたから、病みつきになった。あとは、承認欲求を満たすためというのもあると思うし(自傷画像をツイートするとファボがつくので)(悪習)。何者にもなれない惨めな自分に、メンヘラというアイデンティティが虚飾を与えてくれたと思う。メンヘラを"演って"いれば即物的なメリットはある。仲間ができるし、コンテンツ力になる。でもそんなのカスで、私自身の状態の改善には全然繋がらない。むしろ悪化する。もっとあの人みたいに深い傷を、あの人みたいにODで救急車に運ばれなくては、自殺未遂してからが本番、そんな思考に取り憑かれて、ヒートアップしていく。強迫観念に近いかもしれない。

 

 

もう自傷行為が知らない世界のものだった時のことは思い出せないけど、知らない世界のものである人たちにとっては、自傷行為なんてわけがわからないだろうなと思う。でも、説教くさいことは書きたくないけど、やってる人たちは、どんなに傷が浅くたって、絶対になんらかの問題を抱えている。だから、理解できなくても(そもそも未経験の異常行為を完全理解なんて無理)、心の中では馬鹿にしても、ダサいと思っても気持ち悪いと思ってもどうでもいいけど、表出しないでほしいなと思う。浅い傷跡の写真をあげてるアカウントを馬鹿にしてRTしている人たちを見ると、すごく不快だ。たくさんRTされて本人は嬉しいのか、私と同じように不快なのか、わからないけど、少なからず私はすごく嫌悪感を抱く。浅い傷=精神的な損傷も小さいわけじゃない。傷跡の写真を上げるなんてマナー違反なのは確かだし、スパブロするならすればいい。なぜそうせず、晒し上げるのか?「見ろよこいつ、深い傷作る勇気もなくて浅い傷作ってかまってちゃんアピールしてやがる」とでも言うように、なぜみんな揃ってRTするのか?もしそういう反応を受けて「もっと深い傷を作らなくては」と本人が思ったらだなんてことは考えないのか?もっと切れば、深く切れば、笑わないのか?究極的には自殺すれば、認めてもらえるのか?

 

自殺すれば認めてくれるんですか?自殺すれば私の苦しみは認めてもらえるんですか?自殺すればいいんですか?自殺するまでは、なにもかもが「甘え」や「かまってちゃん」なんですか?自殺すればいいんですか?自殺したら辛かったんだねと言ってもらえるんですか?

 

そう思いながら腕を切ってる人たちを見てるし、自分の傷を眺めているし、これからも生きていくんだろうなと思う。

 

 

私は誰かに助けてほしいというモチベーションで腕を切ったことなんてない。自分でなんとかしたいのに、なぜかできないから、自分を助けるために、切っているだけ。だけど気づきつつある。私は人の助けが必要なのだと。私は人間関係の構築が下手だから、助けを求められないから、合図を送れないから、現実で誰に見せるわけでもなく、糸にも縋る思いでインターネットに赤い画像と辛い言葉を垂れ流して、自分を少しでも癒そうとしていたんだと。

 

 

 

随分人に頼るのも上手くなってきたと自負してる。おかげさまで、まだ切ってしまうことはあるけど前よりは浅くなったし、あんまり問題視してない。いつになったら全く切らなくなるかわからない。これからもこの一生消えない傷跡と生きていく。暗い過去はつきまとう。未来はいつも眩しい。現在はいつも、何が何だかわからない。

クイックノート 夏の計画1週目の反省

f:id:Luna9167:20180708132911j:image

うーん1週目、前半は調子良かったけど、金曜の午後から死ぬほど怠く眠くなってしまい、土曜は1日死んでいて、やり残したことが結構ある。反省してる。

 

でも、今回定めたスケジュール方式(前記事に書いたやつ)はかなりいい感じだと思った!毎日タスクがあるだけでそれぞれの学習時間までは設定してないから、あんまり「計画が崩れた!どうしよう!(混乱)」とならない。1週間の内に全科目に触れられるのも良い。あと、タスク1つ1つに対するハードルを下げたから、気持ち的に楽。(例)時間がない日はとりあえず世界史の参考書をしっかり読んだだけでもタスクをこなしたと認める。

 

しかし!ハードルを下げて精神的負荷が軽くなったのはいいけど、今週は1日の勉強時間が6,7時間とかで良くないので、来週は1日最低8時間はやろうと思います。移動時間も何かやって、家事をもう少しパパッとこなして、隙間時間にスマホを触るのをやめます!(大汗) 1日10時間とか12時間とかやるべきなのかもしれないけど、そうやって力んで折れてしまうのが怖いので、今夏はコンスタントに8時間〜やれる習慣と体力を身につけるのを目指します。

 

これから1週間はPMS期間なので、毎朝起きるのがつらい、一日中だるい、一日中眠い、やたら頭痛や腰痛になる、なんか頭働かない、わけわからないミスが多い、異様に食欲がある、と最悪だと思いますが、無理せず、かつなるべく毎日やることをこなして乗り越えたいです。健康第一!明日から3日間は夏期講習があって8:30には予備校に行きたいので、今日は早く寝ます...。

 

日記みたいな内容になったけど、将来大学合格した時に見返して「こんな時期もあったな...しみじみ...」となりたいので書きました あはは。来週1週間も頑張るぞ〜。

 

おわり

夏の学習計画

学習に関するレポートです。

1学期が終了しました。過去を省みる暇はないので夏の予定のことを書きます。

 

 

2学期が始まるまでの2ヶ月間は、55段階個別指導25コマと、夏期講習5つ、それから自主学習で基礎固めを頑張ります。

 

夏期講習で取ったのは

・世界史文化史(ほぼ強制参加)

・日本史文化史(ほぼ強制参加)

・図形と方程式基礎編(本当に無理)

・整数の性質(本当に無理)

・センター地学基礎(無料)

です。予備校側はもっと大量に取らせようとしてきたけど、莫大なお金がかかる上にあんまり必要性を感じなかったのでやめました。もう最近は2カ年計画にしようと思えてきてるし・・・

 

 

 

今夏自習に使用する教材は以下です。

 

◎国語

現代文 : センター過去問、頻出入試漢字コア2800、頻出現代文重要語700、予備校テキスト適宜

古文 : 読んで見て覚える重要古文単語315、(予備校の古文単語帳)、予備校の古典文法テキスト、ステップアップノート30古典文法基礎ドリル、古文上達基礎編 読解と演習45

漢文 : 予備校テキスト、理解しやすい漢文

◎数学

予備校テキスト、黄チャートⅠA,ⅡB

◎英語

鉄緑会東大英単語熟語鉄壁、灘高キムタツの東大英語リスニング、英文標準問題精講、英文要旨要約の解法、スーパー講義英文法・語法正誤問題、予備校テキスト適宜

◎理科

生物基礎 : 予備校テキスト、田部の生物基礎をはじめからていねいに、資料集

地学基礎 : 予備校テキスト、きめる!センター地学基礎、資料集

◎社会

日本史 : 山川教科書、書き込み教科書、詳説日本史研究、用語集、資料集、(実力をつける日本史100題)

世界史: ナビゲーター、山川教科書、書き込み教科書、詳説世界史研究、用語集、資料集、(詳説世界史ノート)

 

一つの参考書をやり込むのが一番だとはどこでも繰り返し言われていることなので、そうします。私はダメな学習者なので色々手を出したくなるんですが、出しません!そのために、上記の参考書だけを棚に並べたりしました。やり込むぞ!

 

 

 

学習計画はこんな感じです。

変更の可能性はあるけど。書き起こす必要もないと思うので写真にしときます。笑

f:id:Luna9167:20180701174445j:image

↑浪人経験者や現役浪人生、塾講師など、何かアドバイスがあったらよろしくお願いします。

 

私は計画を立てるのは好きなんですが、その通りにいかないと「えっ!計画が崩れたんだけどどうしたらいいの!えっ!えっ!」と頭が混乱して、やる気がゼロになってしまう、という融通の利かなさがネックです。そのせいで適応障害や不安障害になったと言っても過言じゃないと思います。自分の思う通りにいかないと、もう本当に、どうしていいかわからなくて、寝転がって無になってしまいます(汗)。それで頭痛やダルさや腹痛が来るし、時には熱が出たりするし、本当にやめてほしいです。この厄介な性格がこの春痛いほどわかりましたので(めっちゃつらかった)、反省を踏まえ、夏は工夫してやっていこうと思います。

 

 

大切にすること

⒈週ごとのスケジュールを立てること

大枠の週間スケジュールを元に、講習や55段階やその他の予定を踏まえたスケジュールを毎週組む。

f:id:Luna9167:20180701175251j:image

↑こんな感じ。タスクが完了したら線を引っ張って消す。

授業や用事や体調不良のせいでさっきの週間スケジュールの通りにやれなかったら、また混乱困惑することが予想されるので、授業や用事やPMSを考慮したスケジュールを毎週緩めに立ててみようと思う。柔軟性の無さは情けないし面倒くさいなと思うけど、多分これはもう性格だし、受け入れて対策するしかない。

 

⒉スケジュールに固執しないようにすること

もしその日の予定通りにタスクを完了できなくても、翌日にそれを引きずらない。ストレスになるから。あくまでその日の指定科目をやること。やり損なった内容は日曜や来週に持ち越せばいいから大丈夫!と思うようにする。

 

⒊完璧を求めないこと

一つ一つのタスクを完璧にやろうとして、その日のやるべきことをやり尽くせなかったら、その日の終わりに後味が悪い。それで後悔したり、焦ったりして、ストレスを感じる。それが積み重なると混乱の谷に落ちてしまう。だから高いクオリティより、すべてのタスクの完了を目指す。とにかくTO DO LISTを棒線で消すことを目指そう。

 

⒋ゼロの日を作らないこと

何もできないやりたくない、心も体もつらい日も、とりあえず何かに触る。英単語見るとか、古文単語見るとか、資料集眺めるとか、最悪、海外ドラマ見てリスニングの練習した気になるとか。何か少しでもやれば更にやる気になるかもしれないし、ならないとしても、ゼロよりはマシ。ゼロは、精神衛生に非常に悪いから絶対に避けたい。

 

⒌楽しむこと

楽しいな〜と思いながらやると記憶に残るし、逆に「やらなきゃやらなきゃ!」と焦ると完璧主義が作動して効率が下がったり、不安が強くなって集中力が落ちたりする可能性が高いから。それに、学ぶことを楽しみたいから大学に行きたいんだし、色んな科目の勉強を楽しみたいから国公立志望にしたんだし、何より人生は楽しいことが一番大切なので。映画『きっと、うまくいく』のランチョーがトップの成績を取ってたのだって学問を楽しんでたからだったしね。(ドおすすめ映画なのでぜひ見てください)

 

⒍毎日外に出ること

これも春の自分を見ていてわかったことだけど、やっぱり家じゃ長いこと勉強できないから、とにかく外に出て勉強する。授業がある日はなるべく朝から行って、ない日は近くの学習室やカフェで勉強する。家で憂鬱な気分や不安な気持ちでも、外に出れば環境に適応してモードを切り替えられる。

 

⒎おやすみを取ること

毎日勉強することはもちろん大切だけど、肩の力を完全に抜く時間を取ることも、同じくらい大切にする。毎日ストレッチ、マッサージ、筋トレ、瞑想をする。睡眠は7〜8時間とる(それ以上はとらない)。月に数回は人と会って話す。映画や海外ドラマを見たり好きな本を読んだりする。

私はこの数年、自分は罰当たりで、生きているだけで間違いだと思っていたし、明らかな体調不良で寝込んでる時くらいしか"然るべき、肯定された休養"を取れている心地にならなかった。体調が悪い時しか、私は"休む"ことが"許されない"ような気がしてた。でもそれじゃ、疲れやすくなったりパニックになるのも仕方ないなと思う。去年は「私は私を幸せにする選択をする」をテーマにして生きてみて、今年はある時「私は私を幸せにしていいんだ!私は私でいいんだ!」と謎の閃きと自己肯定感の芽生えがあった。それ以来、幸か不幸か、私はかなり自分に甘くなったし、全体的に調子が良くなってると思う。情緒も割と穏やかだし。でもまだ漠然と何かが不安で動けなくなったり、憂鬱で何もしたくなくなったりして不安定だから、意識的に”肯定された無の時間”を作るようにする。私は休んでいいんだ、これは必要な時間なんだ、と思って、ゆっくりする。

 

 

 

9月の上旬に夏の成果を確認するために駿台の模試を受けようと思うんですが、その時の偏差値の目標は一応・・・

英語70

国語 現代文70 古文60 漢文60

数学ⅠAⅡB50

日本史50

世界史60

生物基礎地学基礎55

総合 60超えたい(ゆるい)

英語はクソつまらん引っ掛け文法問題を落とさないようにしたい。読解は時間配分に気をつけてコンスタントに満点取りたい。リスニングはわかんないけどとりあえず満点取りたい(不穏)。英語で落とすとイライラするので頑張りたいです。

センターレベルの現代文もコンスタントに9割以上取りたい。こちらも落とすとイライr

文法と句形を入れれば得意になるであろう古文漢文をさっさと60台に乗せたい。

特にできの悪い数学(やることが膨大でつらい)、日本史(初学)、世界史(現役時使ったのにすべて飛んだ)を全体的にやって50超えたい。日本史世界史は現役生の学習進度を考慮して出題範囲が限定されてると思うけど、気にせず全範囲やる。

理科も全範囲を一周〜して、とりあえず「なんとなく正解する問題」を増やしたい。もちろん確固たる理由で答えを選べるようにならないといけないけど。

 

正直どんな結果になるか全然予想もつかないからあんまり言えることもないけど、こんな感じです。

 

 

ブログ書いてる暇あれば勉強しろとは思うけど、事始めって大事だしね!

大切にすることの部分は自分で繰り返し読むためにも書きました。手持ちのノートにも書いてあるけど、スマホで読める方が触れやすいし。

 

明日から早速予定通り進めていけるよう頑張ります。

夏、充実させるぞ〜!

 

 

 

 

P.S

毎日、割と穏やかに生きています。あと、このⅠヶ月で3kgちょっと痩せました。8月末の誕生日までにさらに5kg痩せてみせます。ダイエットに燃えています。脂肪も燃えてくれ。

インターネットの女の子

ここ4年、私が好きになった人たちは、インターネットを介して出会った人ばかりだった。

 

19歳になるまでは、好きな人がいても付き合うことはなかった。中学の頃一度周りに押されてバスケ部のキャプテンに告白してみたけど、ルーズリーフに汚い文字で書かれた返事で恋は終わった。高校の頃はインターネットで仲良くなった他校の男の子に恋をしたけど、一度オフをした途端冷たくされ、深い傷跡を残してそれも終わった(この時容姿コンプレックスが過激化した)。その後楽器が上手い先輩に一目惚れしたけど、一度デートして告白されたら冷めてしまった(主な原因はカラオケでゴールデンボンバーの『また君に番号を聞けなかった』を歌われ興醒めしてしまったから)。最初に都内の大学へ入学して間もない5月、同じ学部の男の子に縦書きの便箋に綺麗な文字で認められた恋文をもらったけど、受け入れることができなかった。ショックだった。気持ちに応えられないことがつらくて、罪悪感でいっぱいになった。今思うとあの苦しみは、自分を受け入れようとしてくれる人に心を許せない、自分を見せられない、もどかしさと悲しみがあったんだろうと思う。そんなこともあって学校に行きづらくなり、多忙な日々のストレスが溜まり、しばらくして不登校になると、大学や高校の友達とは疎遠になった。彼らに鬱で不登校になっていることはとても言えなかったし、ツイッターで苦しいと発信していても、フォローしていてツイートを見ているはずの彼らと会っても"そういう話"はタブーだと感じた。偏見を持たれるのも怖いし、気を遣わせるのも悪い。だから自然と、物理的にも気持ち的にも、離れてしまった。そうして私の交友関係は狭まり、私の内情をツイートで知っていて心配したり関心を持ったりしてくれるインターネットの人たちと遊ぶことが増えた。

 

ツイッターから恋愛に発展することは、今や普通のことだろう。私もその流れに乗っかっていた。赤裸々に綴った言葉を、対面では人に言えない素直な気持ちを、"わかって"くれているような気がする人に、簡単に心を許した。

 

私は元々バリアが固い。性別に関わらず人の前ではニコニコして社交的に振る舞っても、プライベートなことに突っ込ませることはあまりなかった。好きな音楽も好きな本も映画もテレビ番組もあまり共有したくなかったし、遊びに誘うのも、遊びに参加するのも、苦手だった。異性だと特にダメだった。小学一年生の頃に仲良しだった男の子二人に突然ハブられてからかわれて以来、男の子と話すことも、触れることも触れられることも、自分のものに触れられることすら嫌だった。女の子の友達だって"親友"みたいな人は、幼稚園で知り合い中学に上がる頃まで文通をしていた子しかいなかった。その子とももう疎遠だ。私は生涯、なかなか心を開かなくて、"よくわからない人"として見られてきたと思う。人付き合いが悪くて、一人を好む。でも第一印象は明るくて、時折謎のリーダーシップを発揮する。色んな顔や声色を使っていて、何を考えているかわからない。そう周りの人には思われていた気がする。

 

そんな性格の私が小学生の頃インターネットを始めると、水を得た魚だった。私は多分口で話すより文字にする方が得意だし楽だ。私は小学3年生の時、FC2ブログを始めた。ネットリテラシーの範囲でなんでも書けた。学校では人に言えないようなことも気が大きくなってたくさん書いた。将来の夢、大きな目標小さな目標、毎日の出来事、好きな人のこと、好きな芸術作品、自作の詩、学校や社会に対して思うこと、インターネットに対して思うこと、なんでもブログに書いた。すごく楽しかった。なんなら学校で人と話すより、考えを記事にまとめている方が楽しかった。高校生になるとツイッターに移行して、引き続き書いた。かつ、ツイッターではブログの頃より活発な"人との交流"が生まれた。ややこしくもあり、楽しくもあった。私の町は晴れているのに、タイムラインには雨が降っているとツイートしている人がいて、ワクワクした。日本中の高校生と仲良くなって、学校では共有できない音楽の知識を共有した。学校では打ち明けられない秘密や本音を共有した。私はその頃福岡にいたので、東京でセンスのいいバンドをやっている高校生や大学生の様子を見て、絶対に大学は東京に行こうと思ったりした。人生選択にさえ影響したのだ。

 

いざ大学生になると、状況は一変した。楽しい交流の場ツイッターは、地獄になった。これはすごく反省してるんだけど、心を病んで以来、同じように病んでいる人たちと相互フォローになり、触発されたように私も毒ばかり吐くようになってしまった。棘のある言葉を使っていたし、自傷跡の写真を惜しげもなくアップしたりした。それが反応を得られるものだから、多分それが快感なこともあって自傷は悪化し、どんどん悪循環に陥った。タイムラインには死にたそうな人ばかりいて、私も毎日希死念慮を垂れ流した。風の噂で自殺したらしいと聞いた人もその中にはいた。そんなツイッターの使い方をしながらも、仲良くなった人とリアルで会うことがあった。一度だけしか会わなかったり、何度か遊んだり。その人たちと旅行に行くようなこともあった。高校や大学の友達とは疎遠だったから、人との繋がりなんて、バイト先の人を除きそのツイッターの人たちくらいになっていた。

 

そんな日々を過ごしていれば、出会った人を好きになったり、好きになられたりすることもあった。

でもなんだか、私はいつも虚しかった。

 

インターネットで出会う人と、深い関係を築くのは難しい。リアルで出会う人とさえ難しいのだから、一層難しい。私たちが日々挨拶をできる場所はTwitterやLINE、FacebookInstagramSkypeそんなコミュニケーションアプリケーションだけ。私はほとんどの人の電話番号も、住所も知らない。共通の友人もいない人ばかりだから、アプリにおいてアカウントを消せば、またはブロックすれば、連絡は取れなくなる。近所のスーパーで偶然出会うことも、学校ですれ違うことも、ない。もちろんその距離感はインターネットで繋がる利点の一つだ。でも、恋愛となるとどうだろう。簡単に連絡手段は途絶えてしまうし、そのアプリケーション内には同じ"インターネットの人"は数多いるわけだから、自分の代わりの人間なんていくらでもいる気がしてしまう。

 

私はインターネットの人と恋をしても、自分はいつも、ただの"インターネットの女の子"だと感じてきた。いつになっても、大好きな人にとって私は"インターネットコンテンツ"なんだと。19歳、大学を休学していた頃、とても好きだった人と初めて会った時、実際に聞いてしまったことがある。会いたくて会いたくて堪らなかった人にやっと会えたというのに、「私はただのコンテンツなんでしょ?」だなんて泣きながら聞いてしまった。案の定困らせてしまったし、「そうは思ってないけど、正直そうかもしれない、わからない」と言われてしまった。当時はすごく傷ついた。インターネットコンテンツではなくて、一人の生身の人間として扱ってほしかった。でも無理もないよねと今なら思う。

 

それ以降も何人かと関係を持ったけど、ずっとその感覚は抜けなかった。インターネットを介して恋愛をするのに慣れていない人が相手だと、尚更つらかった。「インターネットの女の子とデートするなんて」とか言っていた人と恋をすると、終わるたびに「私は彼にとってただの黒歴史にしかなれなかった」と思った。その経験のせいで、今までのインターネットを介しての恋愛の全てが、相手にとっては隠したい、消したい、黒歴史なのではないかと疑心暗鬼になった。私はインターネットコンテンツなんだ。会ってみると面白くて楽しくてエキサイティングな経験になる。でもいざ付き合うとなると、うーん。私は生身の人間として愛してもらえないんだと思った。もちろん私の性格が良くないとか、不安定で付き合いづらいとか、そういう理由が一番大きいんだろうけど、ただ私は、"インターネットの女の子"から"恋人"に昇格したかった。

 

私は他人を"友達"にどうやって昇格させたらいいのかわからない。インターネットの人がどこから"友達"なのか判断するのは難しい。だから、"インターネットの人"と思っていた人が私のことを"友達"と称しているのを見聞きすると「あ、そうなんだ」と驚いたりする。そういう考え方のせいで、自身のことも相手にとってただの"インターネットの人"もして自認してしまっているだけで、相手にとって私はちゃんと生身の女の子だったのかもしれない。だけど、ブロック一つで連絡手段を完全に切断できて赤の他人になってしまえるような不安定な関係性の中で、やっぱり私は簡単に相手との繋がりが確かなものだと実感できない。

 

私が恋をした各人と、もっと会って、もっと理解し合いたかった。私たちを繋げるものがインターネットだけじゃ嫌だった。体だけでも嫌だった。もっと、心で繋がっていると感じたかった。"お付き合い"の契約なんていらないと思っていた時期もあった。でも私には必要だと気づいた。生身の人間として、友達に紹介できる恋人として、相手の一番になりたかったし、なれなかった。

 

私はもう"インターネットの女の子"をやめたい。

Twitterマッチングアプリなんかで人と出会ってどうこうするのにもう疲れてしまった。かと言って、相席屋に行ったり合コンをしたり、ナンパされに行ったりするほど、人肌に飢えているわけでもない。か細い人脈を駆使して大学や高校の知り合いだった人たちを漁るみたいなのも面倒臭い。予備校にいる人たちと話すつもりもない。この4年間、短期バイトみたいな恋愛ばかりしてしまった。同級生たちがサークルの先輩やバイト先の友達と物語みたいな恋愛をしている間に。次恋をするとしたら、それはどんなものなんだろうと想像する。今度はちゃんと恋人になりたい。社会ステータスが落ち着いていてほしい。精神的にも安定しててほしい。相手はどんな人だろう。前の彼より素敵な人がこの世にいるんだろうか。いないかな、いやきっといる。色んなことを思う。今が悲しくても、未来はいつも眩しい。

 

 

 

私は人付き合いが下手だ。異性とも、同性とも。子供の頃から、孤独感が強い方だったと思う。インターネットに溢れる孤独な人間たち同士が仲良くなれたら解決するのかと言われると、そうでもないから難しい。この記事を読んで共感する部分がある人もいるかと思う。そんな人たちにも私にも、素敵な出会いと、深い絆を得る感覚が、いつかはやってきますように。

 

おわり

完璧主義者の予備校通い

私は四谷学院の国公立文系コースに籍を置いてます。

 

四谷の授業は科目ごとにレベル別のものを受けられるので助かってます。例えば数学は一番下のクラスだし、英語現代文は一番上のクラスだし、それ以外は普通クラスという感じで。55段階システムというのも気に入ってます。各科目に55段階用のテキストがあり、内容が細分化されていて各小テーマに級が割り振られており、最低級から学習を始めます。指定された授業(55英55数とかいう名前のコマ)の時間に55段階会場へ行って、勉強した級の内容の小テストを受けて、先生に提出して、採点してもらって、合格したら台帳にハンコがもらえます。完全に自分のペースでできるから精神的負担が軽いし、小テスト楽しいし、先生たちに質問しやすくて良いし、ハンコがもらえるのが嬉しいです。

 

河合と違い"チューター"ではなく"担任"という人がいるんですが、私の担当者さんはテキパキしていて信頼できる人です。最初に私が通えなくなった時、初回面談のためになんとか出向いたんですが、「なんて言われるのかな...いやだな怖いな...」と思っていた面談に臨んだところ、予想外にも「今日来れてよかったじゃん!えらいよ!」と褒めてくれて、とてもホッとしました。協力的だけど、内情に干渉をしたり精神論を説いたりしてくる感じではないし、だからと言って業務的すぎる冷たい態度でもないし、ちょうどいいスタンスでいてくれるので、とても感謝してます。その後も何日か休んで久々に顔を出したりすると受付で「おっ!来れたね!」と言ってくれるし、「は、はい、来れました・・・」とバツの悪そうな気持ち悪い笑顔で返答しながら(いい人・・・)と思っています。

 

以前一瞬通っていた福岡の河合より校舎の規模が小さく施設が狭いからか、校舎内にいてもあんまり人が怖いなと思うことがありません。福岡の河合は割と規模が大きくて、エントランス付近になんかチャラついた男の子たちとかが群れていたりしたし、校舎内のどこにいても誰か人間がいて、やたら人の視線が気になってストレスが強すぎて不登校になったんですが、今の校舎ではそういうことがなくて楽です。生徒が全体的に少ないし、群れてる人たちも少ない感じがします。みんなかなり年下だしなんと思われようがどうでもいいと思えてるってのもあります。それに何より、"コンタクトではなく眼鏡にする"という素晴らしい情報遮断手段を身につけて以来授業外では裸眼のため、人の視線が怖いということは減りました。

 

通学には乗り換え1回挟んでトータル50分くらいかかるので、まあちょっと遠くて面倒だけど、そんなにストレスではないです。裸眼だから人の顔も看板の文字も見えないし、ノイズキャンセリングイヤホンをしてるので音で疲れることも減らせてます。人と対面で話した後とごちゃごちゃした街で過ごした後は同じようなドッとくる疲れがあるし、多分情報が多くて頭がパンクしてるんだと思うので、一応こういう対策をしてます。もしかして一助になれば、とやってみてるけど、実際かなりストレス軽減されてる感じがしてます。

 

こんな感じで、環境はとても整ってます。今住んでる街のこともすごく好きで、遠出すると「ああ、あの街に帰りたい」と思うほどです。お部屋も、広くて明るくて、とっても住み心地がいいです。帰ったら大好きラブな愛鳥と、優しくて頼れる兄がいて、安心できます。

 

応援してくれる人、期待してくれる人、相談に乗ってくれる人、見守ってくれてる人、そんな優しい人たちとも繋がっているし、私は幸せ者だなと思います。

 

本当にあとは、私自身が頑張るだけなんだなって思います。

言い訳をするつもりはないけど、まだ、相変わらず、気持ちも体調も不安定です。大学入試をクリアして大学生活を完遂してみせるぞというコアにある意志は揺らがないけど、ああやっぱり私は学校が向いてないかも、と思ったり、他の悲しいことや不安なことで頭がいっぱいになったりして、勉強が手につかなくなる時がたくさんあります。自分に厳しくしたい気持ちと、厳しくしすぎてもっと憂鬱になっては逆効果だという考えが葛藤を起こしたりします。バランスが難しくて混乱するなあと思いながらも、予備校に入学してから約3ヶ月、何だかんだ自分に甘く...ではなく優しく、やってきたと思います。正直かなり通えてないです。合計3週間分くらいしか授業受けられてないんじゃないかな。学費のことを考えるとやっぱり申し訳ないです。自分で"行く!頑張る!大学に通うための訓練としても、カリキュラムに乗っかってやっていく!"と決めたので、休んでしまうたびに気が重くなります。だけど、「辞めないこと」を第一に考えて、通えなくなるたびに精神科医臨床心理士さんや信頼できる友人に相談して、自己カウンセリングノートと向き合って、なんとか復帰してきました。これは成長だなと思います。私は極度に完璧主義なので、遅刻すること、月曜に休んだのに火曜から行くこと、一度授業を休んだ授業に途中から出席すること、などが本当に重い負担です。もう自分ではコントロールできないほどつらくて、許せません。その極端な思考が、今まで大学中退に繋がってきたんだと、乗り越えようとしている過程でわかってきました。その壁を、この3ヶ月、何度も打ち破ってきたんです。一度行けなくなってもまた授業に出たし、遅刻して3限目から授業に出たりもしました。当たり前のことだけど、私にとってはめちゃくちゃつらかったです。復帰のために精神科に行って、寝る前に抗不安薬を飲んで、気持ちをノートに書いて頭を整理して、早めにベッドに行きました。眠る数時間前にはライトを暗めにして、ハーブティーを飲みました。ただ毎日学校に通うためだけに、私はなんでこんな努力をしているんだと馬鹿らしくなるし、福岡でフリーターならできたわけだしもう帰ろうか、諦めようか、と思うこともあります。これからもあると思います。でも、とりあえずなんとかまだ辞めずに済んでいます。これからも、辞めずにいたいと思っています。

 

6月時点でまだ予備校の学習リズムが身についてないというのは、浪人生としてはクズだと思います。でも私は、自分のペースで、優しく厳しく、やっていこうと思います。不安障害だから仕方ない〜とやたら言い訳をして現実逃避をするのは、私が一番苦しい思いをするので嫌です。でもやっぱり18や19の元気な浪人生たちに比べたら状態が不安定なことは明らかだし、彼ら基準で物事を考えず、自分との戦いに集中しようと思います。

 

環境はバッチリです。やる気も十分あります。だから、あとは私が日々の不安や憂鬱に負けず、毎日努力を積み重ねるだけです。心が揺らいでも焦らず、深呼吸して、リラックスして、現状把握、それから解決策を練って、実行します。混乱に陥って自分の手に負えない時には、人を頼ります。リラックスも人に頼ることも昔はできなくて、抱え込んで沈み込んで足掻くことしかできなかったけど、今ならできます。なぜなら私は成長しているから!状況は、本当に少しずつだけど、よくなっています。この調子でいけば、未来は明るいです。いや、この調子でいけずまた人生が大崩落したとしても、私はきっとまた命にすがりついて乗り越えられるだろうし、どっちにしろ未来は明るいです。そう信じて、明日からもまた生きます。

 

 

6月で1学期は終わり。7月8月は夏期講習、9月から2学期スタートです。9月は模試も受けます。1学期思うように授業を受けられず学習進捗もダメだったので、夏で基礎をやりまくって取り返して、2学期からまた心機一転、授業に参加しようと計画しています。夏期講習は4つしか取らないけど、55段階のコマのパックを申し込んだので、何だかんだ毎日授業が入るといいなと思っています。なるべく毎日通って、通学リズムも身につけたいので。うんうん。計画はいい感じです。ズタボロだった1学期に関して後悔と自責まみれではないし、でも反省もしてるし、これからに生かそうと思えていて、とても前向きです。よーし、頑張ります。見守っててください。ありがとうございました。

 

おわり

鉄道車両と正しい街

高校3年生の秋、ギターを背負って、唐津線のキハ125とキハ47の連結車に乗りに行った。可愛いハコに乗って、あてもなく降りて、適当なところで曲を作ろうと思っていた。その日はいい日和だったけど、少し寒かった。

 

唐津駅に到着して、無事お目当ての連結車に乗れたので、ボイスレコーダーに走行音を録音した。ホクホクだった。なんていいエンジン音!ディーゼルエンジンってこんなに違うんだ!この揺れ!愛しい(涙)!車内のデザインも古くて良い!これがセミクロスシート(涙)!ところどころ使われているフォントもなにこれ超カワイイ!憧れの二両編成!どこまでも連れて行って!でも塗装は水戸岡鋭治であることだなあ!まあいいか!と思いながら乗った。最高だった。乗る時はすごく緊張した。ネットで拾った写真をガラケーの待ち受けにするほど憧れていた車両に乗るなんて、そりゃ緊張する。とても好きだった。また乗りに来ようと思った。

 

短いトリップを堪能したあと、どこかで適当に降りて、公園を探した。結構歩いてやっと公園を見つけたので、ベンチに腰をおろして、ギターを弾いた。YUIのThank you my teensやGood-bye daysを歌っていたら、遠くで走り込みをしていた小学生くらいの野球男児たちが並んで掛け声をかけながらこちらに走ってきて、私のベンチの周りをぐるぐる走り始めて、かなり焦った。何事かと思った。でも歌うのをやめてしまったとしてどんな表情をしていいかわからないなと思い、歌い続けた。あの時の恥ずかしさと屈辱は一生忘れないと思う。

 

野球男児たちが飽きて消えてくれた後、ホッとして曲作りに着手した。とっても気持ちがいい場所だった。開けた川沿いの公園で、風が心地よかった。夕暮れ時になると人が減り、私だけの場所になった。一人で遠くまで来た達成感と、少し家が恋しい寂しさと、ずっとここにいたい気持ちと、音楽への強い愛情、色んなものが渦巻いて、胸がいっぱいだった。細かいことは覚えてないけど、あの時の体感温度や、夕陽でオレンジ色に染まった鉄橋や、すれ違った中学生のジャージ姿や、キラキラひかる川の水面は、今でも大切な思い出だ。長居したかったけど、ご飯までには帰らないとお母さんに心配されると思い、陽が沈む前に駅へ向かった。

 

その時作った曲を、高校生最後のソロライブでやった。そのライブでは、高校一年生の時に作った曲もやった。聞いてくれてた他校の女の子が泣いてたのを思い出す。涙にも値しないようなつまらない経験を歌った曲なんですが。ツイッターで知り合った男子校の男の子とメールや電話をするようになって、いざ会ってみたら突然態度を変えられて付き合ってもらえなかったことがあって、その時の憂鬱を書いた。私は今も昔も「付き合ってもらえなくて」泣いてばかりの恋愛、いや、恋愛とも呼べないような空虚な人間関係に、心と体を削っているように思う。その時に容姿コンプレックスに拍車がかかり、今や自分の容姿のことを考えると強迫的な観念に襲われるのですが、まあ、過去のことなので、寛容な私は、許しません。あとは鬼束ちひろの『私とワルツを』と、Birdyの『Skinny Love』をやった気がする。アジカンの『海岸通り』もやったかな?私の中高時代を詰め込んだ。それを最後に、福岡での音楽生活は終わりにしようと思った。椎名林檎の『正しい街』を、椎名林檎が高校時代に使っていたというライブハウス「JAJA」(閉業)で演奏したことがあるけど、私は福岡に悔いを残したり、将来、ああ、私はあの街にいるべきだったのかもしれない、と思ったり、そんなのは絶対に嫌だと思っていた。私の居場所は絶対に福岡じゃないって、そう思っていた。

 

私の居場所は福岡じゃない。

中学生の頃から思っていたことだ。こんなところに収まる器じゃないと思っていた。周りのやつらはバカで、センスが悪くて、サイテーだと思っていた。こんな場所にいたら、腐ってしまうと。でもどうだろう。今、東京とイギリスでの生活を経て、さて、はて、私の居場所はどこなのか、全くわからなくなってしまった。居場所なんて、この世にないんじゃないかと思う。正しいと思える街なんてない。どこへ逃げても逃げても、私は居場所を感じることなんてない。私は求めることしかできない。収まることも、受け入れることも、妥協することも、諦めることも、できない。不満ばかり募って、周りにも自分にも満足することができない。あまりにこの世に居場所がないと感じるが故に、心が体にさえも収まりきれずに、視界が平らな絵になる。何もかも間違っていると感じる。家族が家族であることも、友人が私を心配してくれることも、私に優しくしてくれる人がいることも、大好きな人がキスしてくれることも、私が生きていることも、当然のように明日が来ることも、全部間違っている気がして来る。正しいことなんてない。況してや、正しい街なんてない。帰る場所も、行く場所もない。少なくとも今は。

元気なフリしかできない人

精神科・心療内科に行って診察を受けても、元気なフリをしてしまう。本当は死にたいのに、何もかも諦めたいのに、死ねないから生きてるだけなのに、そういうことは言えない。カウンセラーにさえ本音で話すのが難しく感じて、やっと素直に話せたと思ったら涙が止まらなくなって、何から話せばいいのかわからなくて混乱する。

 

そういう経験がある人は結構多いと思う。どうして人前だと元気なフリをしまうんだろう。明るい人だとか、友達が多そうとか、そういう虚しい評価を得てばかりいる。なぜか人といると話を合わせることができる。相手を笑わせることができる。でも本当は全然明るくなんてない。友達なんて体感的には全然いない。帰って一人になったら何かしらのことで悲しくなる。理解者がいないと思えて孤独に感じる。でも自分の中の前向きで頑張り屋さんな人格が憂鬱や体調不良に対処しようとする。本やネットで集めた知識をフル活用して、なけなしの希望を高く高く掲げて、なんとかしようともがく。

 

ずっと私は自分の同調性の高さに悩んできた。みんな色んな顔を持っているものだけど、私はそれぞれの顔が同一人物のものだと感じてこなかった。昨日、アダルトチルドレンについて少し調べていたら、これは使えるかも、と思った。インナーチャイルドという概念を知った。今まで自分は機能不全家庭で育ってないから絶対にACではないと思い込んで、もしくは自己暗示をかけていて、深く調べることをしなかったので知らなかった。(参考: https://sorakumo.jp/report/archives/8 )

私のインナーチャイルドはヒーロー型で、親や親戚や地域の人から、直接的にではないけれどかけられていた期待を感じ取って、頑張らないといけない、期待に応えないといけない、と思い続けて頑張ってきたのかもしれない。そして、その形成された私の一部分が、今現在その期待に応えられない情けない自分を責めがちだとしたら、結構腑に落ちる。私は明らかな機能不全家庭では育っていないのに、ひどく自己批判的だし、なぜか自己肯定感が低い。何かおかしいなと思ってる。今思うと最初に抑うつになった時は、大学をサボっていることで親に申し訳なくて仕方なくて負担になっていた。随分それに関しては克服して罪悪感はマシになったけど、未だに私はダメな人間だと思う時には、親不孝だから、と考えてしまう。

 

元気なフリをしてしまう癖は、ここに依るのかなあと思ったりする。"良い子でいること"に慣れすぎているのかもしれない。だから本当につらい時も人に頼ることができなかったし(現在は結構頼れるようになった!各位へ感謝)、人格が切り替わるような感覚に違和感があるのかもしれない。もし一人でいる時がインナーチャイルドが前面に出てきている時で、それが傷ついたままなのだとしたら、この一人でいる時の自分を変えれば、もっと楽になるんじゃないかなと思う。人と接している時の自分ではなくて、一人でいる時の自分が、もっとリラックスしていて、自分に優しい自分になれれば、元気な自分とのギャップに悩むことはなくなるんじゃないか。

 

どうやって一人でいる時の自分を変えるかは難しい問題だから、これから色々試していくしかないと思う。ただ、いつも良い子でいなくていいことや、嫌なことは嫌とちゃんと言っていいってことや、弱音を吐いても案外受け入れてくれる人はいるということを、今より深いところで理解できたらなと思う。

 

このギャップがあるせいで人に心を開ききれず友人関係の維持ができないのがかなり大きいので、改善しないとマズいかもなあと思う。ニートやフリーターや予備校生をしていると人間関係で困ることは少ないけど、きっと学校のコミュニティや会社の組織で立ち回ろうとした時、支障が出る可能性が高いから。実際にそのせいで大学で友達ができなくて、困った時誰にも頼れず状況を悪化させた経験もあるし。

 

一人でいる時ももう少し元気でいられるように、人といる時の自分と一人でいる時の自分のギャップのせいで人と距離を感じすぎてしまわないように、努力していこうかなあと思う。

 

 

ちなみに、こうやってインナーチャイルドという概念やアダルトチルドレンというカテゴリを利用しようとしているけど、こうやって自分をカテゴライズしてあらゆる欠点の言い訳にしたいわけじゃない。物忘れが多いことやスケジュール管理が苦手なことや先延ばしグセがあることを発達のせいにして、何でもかんでも許して欲しいわけじゃない、人に迷惑をかけたいわけじゃない。HSPで繊細だから優しくしろと言いたいわけじゃない。醜形恐怖症っぽいから見た目を褒めて欲しいわけじゃない。ただ私は体調を崩さず、毎日泣くことなく、自分を傷つけることなく、ただ普通に普通に学校に通って、好きな勉強をしてから働きたい。そのためには体調不良や精神的苦痛に至るメカニズムを知って対処方法を自分で探すしかない。そのためには類似した症状を示す疾患名なんかは良い指標になるし、その治療法や対処法を参考にして自分の生活に取り入れて様子を見るしかない。身体的不調と精神的不調は連携してるしあらゆる要因があってそれらは起きるものだから、よほど重症でない限り診断名をつけるのは無理。簡単に病名をつけて薬をたくさん処方する医者は良くないと思う。だからこそ幅広く知識を入れて、自分に必要なものを厳選して、対処・改善していくしかないなと思ってる。勿論素人には限界があるし、自分は◯◯病に違いない!と決めつけるのはよくないと思う。そう思い込むと、心と体はその症状に寄っていく気がするし、間違った対処法で逆に悪化させたり、悪い商売に引っかかる可能性なんかもある。だけど、状況把握、分析、分類、対処、というプロセスで自分なりの解決策を探すことを間違ってるとは一切思わないし、これからも程度を弁えながら続けると思う。だってそうしないと、きっと状態は悪化するし、誰より私自身が苦しむことになるから。今までだって、その努力をしなかったら今よりもっとひどい状況だったと思う。

 

自称うつ病とか自称発達障害とかメンヘラとかを、馬鹿にしたり、批判したりする人たちがいるけど、そう自称する人たちは完全には診断基準を満たさないとしても多くの症状に苦しんでいて、自称に至るまでに自己分析をして努力したケースが大半なわけで、そんな人を見下すような人たちの存在は不快に感じる。中には病名を盾に自分を甘やかしている人もいるかも知れないけど、その人たちになぜ強く当たる必要があるのかわからない。他人にそんなに干渉したがることが理解できない。だらだらしているように見えて羨ましいなら自分もだらだらすればいい。仕事なんて、学校なんて、辞めればいい。そんな簡単に辞められないに決まってるだろなんて言い訳は通らない。大半のダラダラしているように見える人は、"辞めざるを得ない"状況まで追い込まれた人だから。羨ましいなら、同じくらい心身を追い込まれればいい。そこの差を知らず勝手に妬んでいるだけではないかと思えるような発言を見るとすごく腹が立つ。実際に私も人にそんなことを言われたし、その時は単純に傷ついた。でも今思えば許せないなと思う。同じ目に遭えばいいのにとも思う。言わないけど。人が悲しそう、苦しそうだったら、相手がどんな甘え野郎でも、死ぬほど性格が悪くても、自分に多大なる被害を及ぼすような相手でない限り、なるべく優しく接するものだと認識してるので、その認知に反することが起きるとすごく戸惑ってしまう。

 

精神疾患発達障害の診断がついている人も、ついていないけど同じような症状で困っている人も、みんな一緒に自分のことを大切にして幸せになっていきたいですね。私は、私に刃物を何度も何度も刺してこない限り、つらそうな人たちの味方でありたいです。リアルの人に話せないことでも、何でも相談してください。私も自分にもっと優しくなれるように努めます。

 

おわり