The Migratory Bird

自分が渡り鳥だと勘違いしている人間の書き溜め

私は幸せじゃない

24歳を目前にして、PMDDに侵されて、毎日悲しくなっています。24歳。12歳、16歳、18歳、どの私が、24歳になる自分が「こんなこと」になると想像したでしょうか。

 

当たり前にもう働いているか、大学院生か、どちらかだと思っていました。現実、毎日寝て起きて大して何もせずに1日が終わるだけ。調子がいいと2,3時間勉強や読書ができるけど、それでおしまい。大学のテキストは怖くて触れない。行く気満々だった夏期スクーリングも通いきれず取得単位ゼロ。これからどうしたらいいのかもわからなくて、やりたいことはあれど、どうせ無理だと思えてしまい希望も自信もない。あまりに人生がうまくいかなさすぎる。どうしてこうなってしまったんだろうと頭を抱えて、無力さに泣いて、泣き疲れて寝て、起きて、お腹が空いてるから力を振り絞って何かを食べて、適当に夜をやり過ごして、眠れぬ夜を越えて、朝が来て、また悲しくなる。その繰り返し。

 

都内3LDK駅徒歩8分の快適な家に優しい兄と二人で住んでいて、かわいい鳥やトカゲもいて、最高の恋人もいて、帰省したら変わらず温かく迎えてくれる家族がいて、友達もいないことなくて、ただ通信制の大学で勉強すればよくて、バイトも週2で不自由もなくて、何も不満なんて持ちようがないのに、とにかく毎日つらい。毎日つらい。夜になると漠然と不安でたまらない。やりたいと思うことはやりたいと思えば思うほど怖くてできない。とにかく虚しく時間が過ぎていくだけ。

 

もはや自分が何をしたいのかも見えづらくなってきました。大学卒業なんてほとんどの人が普通にできることを成し遂げるために、どれだけ苦労すればいいのか。もう向いてないから諦めるべきじゃないのか。「やりたいことをやりたい!」という気持ちより、「やりたいことはあれどどうせ無理なんだろうな」という気持ちが強くなってきているのを感じます。

 

やりたいことはいまだにたくさんあります。講義を受けて勉強して試験を受けて単位を取ることがしたい。心理学や神経科学の勉強をちゃんと師の元でやりたい。研究をしたい。海外の大学院に行きたい。海外でまた生活がしたい。IELTS8.0取りたい。フランス語を上達させたい。生物学を専門的にやってみたい。なんらかのフィールドワークとか行ってみたい。数学を基礎からやり直したい。物理学を勉強してみたい。統計学を学びたい。経済学もかじりたい。言語学もやってみたい。日本史をやり直したい。世界史をもっと深く学びたい。旅行したい。もっとライブに行きたい。ライブがしたい。もっと曲が作りたい。美術館に行きたい。世界の博物館に行きたい。植物園に行きたい。その国のことをちゃんと学んだ上で海外旅行がしたい。世界の登山鉄道に乗りたい。スイスに行きたい。ジョージアに行きたい。ブルガリアに行きたい。イランに行きたい。トルコに行きたい。ギリシャに行きたい。パラグライダーがしたい。スカイダイビングがしたい。日本の旧国鉄車両に乗りに行って音が録りたい。お芝居をしたい。ミュージカルに出たい。ダンスを習いたい。ピアノを習いたい。東京芸大ガムランを通年で習いたい。ジム通いを継続して健康体になりたい。あわよくば痩せて美人になりたい。英語の通訳の資格が欲しい。英語フランス語以外にもう1言語くらい使えるようになりたい。

 

こんなにやりたいことはあるけど、何一つやれる、やり遂げられる自信がありません。私は失敗経験を積み過ぎました。自分をもう信用できないし、努力する元気もなくなってきています。「20代だからまだ大丈夫」そう言われても、高校時代から着々と積み重ねてきた失敗経験と挫折を抱えた状態で「大丈夫」だなんて思えるはずもないです。

 

モラトリアムなんて早めに終わらせて、周りに流されて大学卒業して、就活頑張ってどっか滑り込んで、気づいたら社会人で、それなり山あり谷ありありながら人生が進んでいく、そんな平凡な人生がよかったです。私の人生は18歳からずっと谷間をゴツゴツした岩や流れの強い川に妨げられながらとぼとぼ歩いているだけという感じです。山を越えようとしても毎回滑って転落して、治らない傷が増えただけでした。最近は足元にある小さな花や見上げるとある星空に現を抜かすのが上手くなりました。上手くなっていくにつれ、現実が怖くなりました。自分と向き合うことが嫌いになってきました。好きでこの道を歩いているはずなのに、何も楽しくなくて、舗装された道がひたすら恋しいです。

 

 

 

じゃあ大学を諦めて働くか?と言われると、まだ嫌です。諦めたくない。だけど、もう仕方ないのかなと感じている自分もいて、混乱していて、叶わない夢や薄れていく希望を想っては泣いています。大学卒業のためにやってきた今までの努力、何も実らなかったな。これからもきっと実らない。もう潮時なのかな。自分でもよくわかりません。

 

今日も明日もきっと、恋人や鳥と穏やかな時間を過ごして、現実から逃避します。明後日になったら誕生日がきて、兄と恋人とチェコ料理を食べて、笑うでしょう。幸せだなあと感じると思います。でもそんなのまやかしです。私は幸せじゃないです。私は幸せじゃない。私は幸せじゃない。私は幸せじゃない。

ツイッター依存者が1週間ツイッターをできなかった

今回、ついにアカウントが永久凍結されたので、1週間ツイッターのない生活をしました。

 

まあなんとなく以前よりリアルを強く感じたかもしれないです。ツイッター依存症なのでせっかく外出してる時もかなりの時間ツイッターを見ていたので、それをやめたことにより、現実世界にきちんと生きている感じがしました。

 

顕著な変化としては、ツイッターの代わりにパズルゲームを始めてハマったってのと、テレビを見るようになったってのがあります。クソですね。ツイッターがなくなれば読書の時間や音楽の時間が増えると期待したんですけど、そんなことはなかったです。暇なときはパズルゲームして、ライフがなくなったらやめて、代わり映えしないインスタを見て、それも飽きたらスマホを置いて、他のこと(非生産的なこと)をしました。先延ばしのためなら手段を選ばないみたいですね。

 

あ、あとテレビをちゃんと見るようになりました。いつもはツイッター見ながらテレビなんて見てたんですけど、ちゃんとテレビを集中して見るようになりました。つまらないバラエティも真面目に見て「色んな人がおるなー」「この芸能人苦労したんやなー」など思うようになりました。依存先がない人はこういう感覚でテレビ見てんのかなーと思ったりしました。

 

最初ツイッターが使えなくなったときは、無意識にアプリを開いたり開こうとしたりしていました。自分でもかなり気持ち悪いなと思いました。アカウントを自分で消したら簡単に復活できるから意志の弱い私はすぐアカウントを復活させてしまっていたんですが、今回はどうもがいてもTLが見れなかったので、なんだろう、脳がバグりました。高1からツイッターに依存していたので、突然依存先が完全に断たれて、変な感覚になりました。でも脳は順応するもので、4日経ったくらいから平気になってきて、興味も失せてきました。でもたまに「あの人のツイート見たいなあ」「突然消えて私のこと心配してくれてる人いるかなあ」など思うこともありました。

 

 

 

永久凍結といってもアカウントは現存しており、メールアドレス認証をすれば復活するはずなんですけど、いくらメールアドレスを変えてもアクセスするデバイスを変えてもツイッターに異議を申し立ててもツイッターからメールが来ないので、どうしようもないというのが現状です。新しいアカウントを作ると英語のメールが来て「永久凍結を回避しようとしましたね ルール違反です」みたいなことを言われるのに、異議申し立てをすると日本語のメールで「ルール違反だったのでこちらはこれ以上できることはないです ログインして手順に従ってアカウントの所有者であることを証明してください」みたいなことを言われ、そしてログインしてメールを送信してもメールは来ず。「一体どうなってるのか 永久凍結なのか それならきちんと通知が来るはずだが来ていない」「メールが来ない 来たことがない」と何度訴えかけても同じ定型文を送ってくるだけで、本当にムカついています。

 

仕方ないので裏技を使って凍結されない新しいアカウントを作りましたが、できれば元のアカウントに戻りたいです。どうしたらいいんでしょうか。サポートチームにメールを送っても全く返信もないし、もうツイッター本社に行くしかないんですかね。

 

 

 

まあでも、これを機にアカウントも縮小して、ツイッター依存から離脱したいとは思っています。がんばります。

 

ツイッターから消えてる間に少しでも私のことを心配してくださった人がいたなら、ご心配おかけして申し訳なかったです。無事、だらだらと呼吸をしていました。今後ともよろしくお願いします。

頭の整理

7月初旬に科目試験を終えてから、2週間半が経過しました。試験後の計画の通りに進んでいれば、今頃いくつかレポートを提出し終えているはずでしたが、進捗ダメです。今日は思考の整理のためにとにかく書きます。

 

まず、試験が終わってから数日間、理由はわかりませんが寝込んでしまいました。その後改めて学習計画を立て直すも、「やらなくては!やりたい!」と思えば思うほどストッパーがかかり、テキストに触れることが怖くて先延ばしをし続けました。途中からそんな自分を責めたり嘆いたりする元気もなくなり、しばらく無の中で佇んでいました。そんな中で夏風邪を引きました。4日間くらい寝てたかな。やるべきことやりたいことからは逃げ、風邪を引き、今度は病を隠れ蓑に、睡眠とゲームに時間を落としました。一昨日風邪から回復し、昨日は以前から楽しみにしていたライブに行ってきました。今日はやっと重い腰を上げて現実と向き合おうと思い近所のカフェへ来ました。

 

無になっている間に精神科へ出向きました。あまりに先延ばしをやめられなくて苦しいし、自分が発達障害の傾向が強い、そのせいで生活不能に今まで陥ってきた自覚もあるので、もうADHDの薬を試す方向で考えていこうかなと相談しに行こうと思いました。しかし副作用が出やすい、自傷癖や自殺未遂や希死念慮のある私に薬は出せないと言われました。「発達障害は男性のものだし女性で当てはまる人は少ないよ?」と言われたのがショックでした。発達障害については色んな考え方の先生がいるし、確かに男性の表現型に準ずる診断基準が使われているとは聞いたことがあるので納得はしたものの、やはり少し悲しかったです。薬に関しては当然だなとは思いましたが、今まで色んな種類の薬を飲んで副作用に苦しんで、カウンセリングもたくさん受けて努力して、それでもなおこんなに毎日憂鬱でやりたいこともできない生活が続いていることを思うと悲しくて、さらに最後の望みのように感じていた発達障害の薬は出せないと言われて、もう終わりのような気がしてしまいました。結局診察室で呼吸が止まるほど泣きました。今までと同じ薬の処方箋をもらって帰路につくも、電車の中でさえ涙が止まらず、家まで泣き続けました。

 

私は一旦精神科に行くのをやめることにしました。薬に期待するのも、「治療を頑張る」のももう疲れました。精神科に通うことで「自分は治療が必要な人間なんだ」という自意識が生まれていて、それが悪影響のような気もしてきました。薬がないと生活ができないほどでもないし、断薬もそんなに問題ではないと見込んでます。

 

今まで私は「治療を頑張って」きたと思います。投薬と心理療法に真面目に取り組んできました。投薬はともかくカウンセリングのおかげで、生活や心が乱れに乱れていた頃よりずっと生きやすくなりました。考え方も落ち着いて極端すぎる思考も穏やかになりました。だけどもうそろそろ限界かなとも感じています。もうこれ以上どう頑張ればいいのかわかりません。発達障害を扱っているカウンセリングルームにでも通ってもっと生活を工夫すれば、神経科学に即した勉強法の本や発達障害の本をもっと読めば、「やりたいことができない苦しみ」から解放されることはできるんですか?本当に努力は実るんですか?もう治療を始めて5年目、「やりたいことができない」せいで心身を壊して大学を辞めること2回、それでもなお同じことで苦しみ続けていて、もう自責をしたり悔し涙を流したりする元気すらありません。カウンセリングで「諦め」を「適切な選択」と言い換えたり、「人と比較して嘆くのではなく治療を頑張ってきた自分を認め」たり、いつでも「良い子」をやってきました。無理をしてでもマイナスな考え方を捻じ曲げて少しでも楽になる考え方を身につけるしかないのだと思っていました。でももうそんなの馬鹿らしいと感じます。疲れました。

 

もう私にはやりたいことをやるのは無理なんだろうなという気持ちすら見え隠れしています。悲しいことに、私は仕事ならできます。仕事場に出向き、やれと言われたことをその場でやることは問題なくできます。でも自主的に本を読んでレポートを書くことも、生活を管理してくれる人のいない生活環境で毎日のように7時とか8時とかに家を出て学校に行くことも、それらとアルバイトを並行することも、というか、今からその生活を目指すなら編入をしないといけないんですがそのためにレポートを書いたり試験勉強をしたりすることも、私にはできないんだろうなと思います。私にはできないです。だってこれだけ努力したのにダメだったから。もう頑張るのも疲れました。頑張らない選択しかしたくないです。

 

 

いつもならブログには前向きなことを書くのに後ろ向きなことを書いてしまいました。すごくつらいけど、ここからは気を取り直して現状に即しつつ前向きなことを考えてみます。

 

 

 

まず編入試験についてですが、7月にレポートを出しまくらないと受験に必要な単位が得られないという話でした。まあ7月はダメダメでしたので、今年度の編入チャレンジは終了ということになります。長いことそれを目標にしてきたのでとても残念ですが、受け入れるしかないです。来年また再チャレンジすることを目指してコツコツ勉強していこうと思います。編入試験に向けて英語とフランス語の勉強、それから単位取得のためのレポート書きと勉強、それから面接対策のための心理学の勉強をします。それにしても、来年度に編入試験を受けるとすると時間的余裕があるので、どうしようかなーと考えています。ずっと目指したいと思っていたIELTS8.0チャレンジに本気で取り組んでみようかな。それか授業に毎週潜る。または何か新しい習い事を始めたり。ダンスかピアノがやりたい!東京藝大がやってる民族楽器の講座を取りたい!または1ヶ月くらいどこか遠くで過ごしてみたい。せっかく自由の身なんだしやれる範囲でやりたいこと色々やりたい。将来の稼ぎに繋がるかどうかとかじゃなくて、心向くままに楽しいことがやりたい...。

 

大学に通学しなくていい余裕のある生活が1年延長されて可能性が広がったと思うと少し元気になってきました。ブログ書いてよかった...。

 

編入チャレンジが失敗したことはやっぱり悲しいけど、前向きな見方をすると「めちゃくちゃ自由な期間が延長された」わけだし、そんなに悲しいことでもないかも。親の金で生活させてもらってるわけだし遊び呆けず引き続き健康と勉強を第一にやっていくけど、あんまり気張らず、リラックスしてやっていきます。もしかして私の今の生活、通学制の大学生なんかより死ぬほど「人生の夏休み」なのでは?通信制の大学だから勉強するもしないも自由だし通学はしなくていいし、バイトは週2でしか入れてないけどお金に困ってないし。毎日何かしら体調が悪いという致命的なディスアドバンテージはあるけど、せっかくこんだけイージーな生活してるんだから、計画が少し崩れたからって人生終わりみたいな気持ちで沈没するのはもったいないですね。楽しくやっていきます!

 

精神科通院に関してはもうしばらくいいかなという方向でいきます。薬はやめる。カウンセリングもどうしても第三者の手が必要だなと思った時に頼ればいいかな程度にとどめようと思います。もしカウンセリングを受けたくなったら発達障害に詳しい人と話がしたいです。

 

 

書いたら少し気が楽になりました。いつもはノートに書くんだけど、思考の整理をすることさえも怖くてペンが進まなかったので、なんとなくアウトプットのハードルが低いブログに書いてみることにしました。書いて正解でした。もしここまで読んでくれた人がいたなら、ありがとうございました。この投稿を終えたら今年や来年の計画を少し考えてみます。あくまでリラックスして、楽しむことを目的に。

 

あー書いてよかった、ありがとうございました。

 

 

おわり

 

 

初科目試験終了

4月に慶應の通信課程に入学して初の科目試験が終わりました・・・。

 

受けた科目は英語Ⅱと英語Ⅰだけでしたが、直前に重いPMSが来たことに悪天候が重なり、体調が最悪だったのが痛手でした。全く思ったように勉強できずつらかったです。正直寝込みました。努力したけど何もできない日もありました。ひどすぎ。ピルを再開したので絶対に改善していきたいです。

 

 

◯試験の感想◯

英語Ⅱ・・・穴埋めとか並び替えとか書き換えとかなんか色んな形式がちょっとずつ出た。見たことある文そのままが多かったけど、知らない文もあった。全問正解したかったのに一問しょうもない間違いをしたことがのちに明らかになったのでかなり鬱になった。まだ引きずってる。

英語Ⅰ・・・テキストの例文と少しの新しい文の穴埋め12問(各5点)、1問(40点)だけ文法説明問題。新しい文の穴埋めがやたらむずい。文法説明問題は、説明っていうかテキストの一部を全部書かせるみたいな感じ。憤りを感じました。書けるかよ。頑張って一面埋めて「よーし書けたぞ!」と思って試験後に確認したら的外れなこと書いてて今絶望してるところです。単位落とした気しかしませんね。もうどうしたらいいんだよ。

 

 

 

私は編入試験チャレンジ中なんですが、残念ながら英語Ⅰを落とすとどうしてもチャレンジ失敗になってしまうので、今かなり困惑してます。穴埋め問題で点数稼いだし、文法説明問題も微妙〜にかすってること書いたからわからないし、計画通り頑張るしかないんですが...もうだめだもう無理ってのが本音です...どうしたらいいんだろ...

 

計画通りやるとしたら、10月の試験は

A群 経済学(4)

B群 フランス語第一部(2)

C群 地学(4)

D群 フランス語第二部(2)

E群 歴史(西洋史)(2)→【訂正】政治学(4)

F群 保健衛生(2)

この6科目受験をしようと思ってるので、7月、夏スクの前に全部レポート出してしまいたいです。かなり大変だけど...。

保健衛生はテキスト学習一周目を終えてレポート作成中、フランス語第一部はテキスト学習中だから、まあゼロからスタートじゃないだけ希望があるかなという感じです。経済学と地学と政治学はそれぞれ4単位、レポートも量的にも質的にも大変そうなので気合い入れてやらなきゃなって感じです。

 

バイトは週2でしか入れてないし7月中に全て提出は不可能ではないと思うけど、そもそも英語Ⅰ落ちてたらこんなに頑張っても意味ないし、絶望的ですね...。

 

英語Ⅰ、50/100点はギリギリ取れてるかもなって感じなので、ギリギリ合格してる可能性もないことないかもしれないし、編入試験に成績は関係ない(かも)っていう情報も耳に入ったので、なんとか無理くりもうめちゃくちゃ頑張って希望をひねり出してやっていくしかないんですが、正直まだ立ち直れないですね。不合格だったら今年の編入チャレンジ終了だっていう事実の爆弾を抱えて結果発表まで努力を続ける勇気が、まだないです。

 

こういう計画外のことが起きるのが心底苦手で大混乱するので、本当にやめてほしいです。8月の夏スクが始まるまで、なんとかこの爆弾を抱えながらも希望を捨てず、テキスト学習とレポート作成に取り組もうと思います...。めちゃくちゃ落ち込んでます、優しくしてください。

 

今日はつらすぎるのでアラジンの2回目を見てきます...。

 

 

【追記】

ツイッターのフォロワーからのアドバイスもあり西洋史政治学に変更しました。予定では7月試験で4単位、夏スク12単位、10月18単位、総計34単位。26単位以上欲しいので落とせるのが8単位。夏スクは真面目に受けてフル単するとして、10月の試験で8単位落とせる。2単位のフランス語2科目と保険衛生を死守すれば、4単位の科目の経済学、地学、政治学を2科目は落としてもなんとかなるわけです。夏スクで2単位落としてしまっても、4単位の科目を1つと保険衛生を落とせるわけです。いやなるべく多く単位が欲しいですけどね。こう考えると希望が湧きます。なんとかなるかも!もう英語Ⅰに対して不安を抱くのはやめました。やっと吹っ切れることができました。信じるしかないです。この調子で7月乗り切りたいです。やるぞ。

精神科通院6年目の感想

精神科に通い始めてから6年ほど経ちます。2014年と2016年にとてもきつい波が2度ありましたが、2019年現在、病状はとても落ち着いています。

 

 2014年はストレートで大学に入った年でした。生活が始まって1ヶ月ほどでだんだん混乱することが増えて、朝が起きられなくなり、なんとか大学に行っても頭痛と吐き気と呼吸の苦しさが出るようになり、不安や恐怖に駆られていました。自傷行為も始まり、寝たきりの日が増え、精神科に頼ることにしたのが6月の終わりでした。適応障害と書かれた診断書を提出して休学、母親や兄の協力を得ながら治療に努め、2015年の春もう一度1年生をやり直しましたが、結局体調不良をぶり返し、6月には退学しました。退学前に留学を計画しており、2015年の残りは英語の勉強をしながら治療に臨みました。

 

 2016年は、三ヶ日開けにはもうイギリスにいました。Everything is new to me!と空港からホストファミリーの家へ向かう時に口にしたことを覚えています。7月までは大学入学準備コースにいたのですが、事はかなり順調でした。無理せず慎重に生きようと決めていたし、体調もよく、もう寛解したんだなあと思っていました。しかし8月、大学に本入学してから、少しずつ状態が悪化していきました。だんだんと通学が億劫になり、朝起きられなくなり、キャンパスを歩いていると不安でたまらなくなりました。家を出るときは人の視線が怖くてフードをかぶっていたし、人の話し声が嫌でノイズキャンセリングイヤホンを常につけていました。自傷行為も再発していたし、かなりダメになってしまいました。2017年のお正月に一時帰国した時、帰りのフライトの前日に、私は熱を出しました。頭はボーッとして、不安でたまらなくて、心ここに在らずの状態でした。心配した母親に福岡に戻ってくるよう言われ、何も考えず羽田から福岡へ飛びました。

 

 そして2度目の退学に至ったのが2017年の2月のことでした。再発してしまった、私は一生こんな体調不良に悩まされなくちゃいけないのか、大学で学びたい気持ちはこんなにあるのに、どうしてだめなのか。もう本当に、腰を据えて治療しなくちゃいけない、そうでないとこれからもこんなことを繰り返すだけだ。そう思いました。今思うと退学でなく休学でよかったのではないかと思うけど、当時はイギリスに戻るなんて怖くて怖くて怖くて仕方なくて、とても無理だと感じていて、「綺麗さっぱりやり直すこと」が好きな私は、退学を決めてしまったのでした。2017年は予備校に通ってみて失敗したり、フリーターになって週5で働いてみたりしました。病状は以前と少し変わり、不安が何より強くなりました。離人感覚が強く、生きている心地がしない日々が続きました。ですが実家生活は穏やかで、私の心もかなり癒されました。福岡でかかっていた医者はとても優秀で優しい方で、とても助かりました。そしてそんな風にゆっくり過ごしながら、「最後に一度だけ、大学を目指そう」と決めました。アルバイトの生活は向いてました。楽しかったし、人との交流や規則正しい生活を通して、かなり健康にも近づきました。自分は大学で学ぶより働く方が向いてるのだろうかと考えたりもしました。実際そうなんだと思います。でも、病気なんかに強い学びの希望をへし折られてしまっていることが悔しかったし、今しか親の援助を得ながら大学に通えるチャンスはないと思い、最後にチャレンジしようと決めたのでした。

 

 東京の大学に行きたかったので、東京生活と勉強の両立の訓練のために、2018年は都内で予備校に通うことにしました。最初は順調でしたが、最終的には集団授業に出るのが困難になりました。体調や計画の遂行も上手くいかなくなり、国公立志望だったのも私大志望に変えてしまったし、9月頃にはもう個別指導の授業にしか出られなくなってしまいました。そして、(読んでる人にはこの先はわかると思うんですが、)予備校も辞めることにしたのが11月です。直接のきっかけは婦人科疾患にかかり不安が爆発したことでした。自分の体の脆弱性に飽き飽きしたのと、2018年を振り返って、この調子じゃもし大学に受かってもちゃんと通えるわけがないと判断しました。あの時の判断が正しかったかはわかりません。でも当時はそれしかないと思っていました。

 

「何故そんなになんでもすぐ辞めるんだ」と読んでる人は思ったでしょうが、多分私は規模の大小に関わらず「計画通りにいかなかったら気持ち悪いしつらいからさっさと諦めて次にいきたい」という気持ちがあるんだと思います。例えば酷い時、7時半には起きて9時には勉強を始めて〜をして〜をする、という1日の計画があるとして、もし7時半や8時までに起きられなかったら、その時点で私はもう何もしたくなくなり、どうしたらいいかわからず、1日を無駄にしたりしていました。大学も、予備校も、どれもそんな感じです。状況が変わったら柔軟に計画を変更してまた新しい目標を立てて頑張ればいいのに、「思うようにいかなかった、もうダメ、どうしたらいいかわからない、辞める、他のことをする」という思考に至ってしまっていたんだと思います。

 

 そして迎えた2019年には、慶應の通信課程へ入学しました。調子は上々です。相変わらずPMSで体調が良くない日も多いけど、良い日も増えました。不安で動けなくなることも減ったし、外でパニック発作が起きることも同様です。そしてもしそれが起きても、冷静に対処できるようになりました。そして!なにより!音楽を作れるようになりました!(喜) 私は最初適応障害になって以来、楽器に触れること、ましてや曲を作ることなんてとてもできなくなっていました。初期は抑うつのせいで音楽への関心がなくなっていたし、その頃周りが楽しそうに音楽をやっているのを見るのがあまりに苦痛でトラウマになっており、音楽への関心を取り戻しても音楽のことを考えると悲しくて仕方なくなってたまに激しく泣いたりしていたのですが、先月カウンセリングを受けて自分の気持ちと向き合ったことをきっかけに、曲を作ることに抵抗がほとんどなくなりました!この点に関しては、本当に私はよく頑張ったと思います。6年間放置していた傷、腐っていて醜くて触ると痛むひどい傷を、やっと治すことが出来ました。どんなに体調が少しよくなっても音楽を聞くたびに悲しくなっていたのが日々の蟠りでしたが、かなり取り除くことが出来て、今は好きな音楽を好きと言うことも、歌詞を書くことも、キーボード(本当に触れなかった)を叩きながらメロディに体を身をまかせることもできます。本当に嬉しいです。

(音楽に関する悲しい気持ちは音楽にして昇華しようと決めて書いた歌詞にメロディをつけた曲があるので、よかったら聞いてね↓)

音楽を聴きたくない by 奥 飛鳥 | Free Listening on SoundCloud

 

 まだ完璧に寛解したわけではありません。まだ抗うつ薬を飲むのを勝手に辞めると調子が悪くなるから飲み続けているし、何もできずに終わってしまう日もあります。でも、この6年間で本当に私は自己理解が進んだと思います。私が不調になって、さらに深みにはまっていってしまったのは、物事の理由やメカニズムがわからなかったからなんだと今なら思います。例えば、昔は朝起きれないと「早寝したのにどうして?どうしてこうなの、私が悪いの?どうしたらいいの?もうわからない、悲しい、お父さんお母さんごめんなさい」と思っていたけど、今なら「はぁん、PMS来たな」と思えるし、何もしたくなくて何となくつらい時は「あ、今日の計画が既に崩れてるしやること溜まってるのにちゃんとこなせる自信がないから嫌になって逃げてるな」と思えるので、「とにかくできそうなことからやろう、家じゃ集中できないからとりあえず環境を変えるため外に出よう」と対処できます。そんな風に、生活のうちで何かが上手くいかなくても、体調が悪くなっても、何故そうなるのか大体わかるから対処ができるし、怖くありません。混乱してパニックに陥ることもありません。発達障害の傾向があるのは明らかだと思うんですが、ADHDの薬ではなく少量の抗うつ薬とカウンセリングだけでこうやって満足のいく生活をできていて、とても良い感じなんじゃないかと思います。

 

 まだまだ気は抜けません。またいつ大波が来るかわからないし、小さな波が来るかもわかりません。だけど、この6年間で得られた理解と対処能力があれば、なんとか乗りこなせるんじゃないかなと思えています。全体的に大変だったし、結果として大多数とは違う人生を歩むことになったけど、後悔は特にないし(後悔したところで特に得るものもないし)、現状に割と満足しています。いつも自分に満足できず苦しかったので、今こう感じられているのは素晴らしいことです。でもだからといって、私らしいチャレンジ精神を失うつもりはありません。通学課程に慶應の通信にした理由である希望のゼミがあるので、通学課程への編入試験に向けて勉強を頑張ります。今はとにかく単位を取るために頑張るだけだけど、8月の夏期スクーリングでは毎日キャンパスに通ってみて通学の練習にしたいと思ってるし、それが上手くいけば秋以降も通学の練習を積もうと思っています。

 

 私は高校卒業以降の人生、全く上手くいきませんでした。2度挫折しているし、経歴も中退やら空白やらでボロボロです。だけど今みたいに穏やかに幸せに暮らせているのは、もちろん家族や友人や恋人のおかげでもあるし感謝しているけど、何より自分が頑張ったからだと自負しています。私は自分を誇りに思います。治療を諦めて自滅の道に走らなかったこと、クソ真面目にカウンセリングノートを書いて気持ちを整理したこと、それをカウンセリングできちんと話して、事後にもノートを書いてまとめて以後に生かしたこと、色んな病院に行ってみたこと、人に頼るのが苦手なのに頑張って頼ったこと... 私は周りの人達と同じ生活を当然のように送れない欠陥がたくさんあるけど、生命力は強いのかもしれません。それは私が努力して得たものではないから、結局私は運がいいだけなのかもしれません。世の中、そんな生命力もなく破滅の道を行く人たちも沢山いるので。だけど、私は私のその強さを認めたいです。人に自慢するでもなく、ただ「私のいいところなんだ」と認識していたいです。

 

死にたい気持ちはあります。でもその気持ちを肯定しているし、だからといって毎日悲しいわけでもありません。生きるしかないから、それなら楽しく生きようと思っているし、その妥協的な考え方で安定しています。かつては今みたいに精神的に楽な日々が訪れることを渇望していたので、とても幸せです。これからも大変なことは沢山あると思うけど、私はこの体でこれからも生きていきます。楽しくやっていきたいです。

 

終わり

 

 

 

追記

私は「生きづらいな」と感じている人の味方でいようと思っています。なので、何かに困っていて誰かに話したいけど誰に話せばわからないとかいう状況の人がいたら、話を聞くので気軽に話しかけてください。私情を挟みすぎず対応するよう心がけます。生きづらくてつらい人たちが少しでも生きやすくなりますように。

初めての履修計画

4/10に無事テキスト配本がありました!

とても楽しみにしていたので、到着した時は嬉しくて小躍りしました。

 

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福沢諭吉の自伝が入ってました(笑)

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↑第1回目配本のテキストがこの量

 

ニュースレターと塾生ガイドを2時間近くかけてじっくり読んだあと、初の履修計画に取りかかりました。

 

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↑できた表がこんな感じ(改良の余地あり)

 

【訂正】

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↑訂正版。社会学は2年度に配本予定なので1年目は履修できませんでした。教えてくださったツイッターのフォロワー様、ありがとうございました。

 

【訂正2】

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↑少し訂正しました。生物学はレポート合格と実験AとB双方への出席を経ないと科目試験を受けられないというのがハードル高いなと感じたので、単位修得を優先する今年は諦めて経済学に変更しました。

 

 

私は通学課程への編入試験を念頭に置いているので、7月(第Ⅱ回)と10月(第Ⅲ回)の2回の科目試験と夏期スクーリングで26単位以上修得(その内英語が4単位、フランス語が4単位)を目指しています。そのため、なるべく多めの科目試験の受験をする必要があるので、A〜F群の各群から約2科目ずつ選んで7月と10月に振り分ける形を取りました(1回の科目試験で各群から1科目しか受験できないため。)語学を取らなくてはいけないことや、最初の試験(7/6,7)では5/27までにレポートが3つや4つ提出を求められる4単位の科目を取るのは難しそうだという判断(果たしてそうなのか、経験者の方にお聞きしたいところです。)、などの制約が入り、なかなか思うように取りたい科目を取れなかったなあというところです。それでも、とても面白そうな勉強ができそうで嬉しいです。

 

まずは5/27にレポート提出〆切の分の5科目の学習を頑張ろうと思います。無事提出を終えたら、試験に向けて勉強、レポートが返ってきたら再提出などをしなくてはなりません。6月はその取り組みに加え、10月の試験で受験予定の4単位の科目(レポート提出が3-4回ある)の分の学習とレポート作成にも臨みます、また、4/22には夏期スクーリングの履修要項がkcc-channel(学生証が来ていないのでまだ閲覧できていませんが)で公開になるはずなので、履修計画と申請を行います。予定はモリモリですが頑張ります。

 

教材が届くと、いやー始まったなーという感じがします。何よりこれからの勉強が楽しみです。ニュースレターも塾生ガイドも履修要項も、とても手が込んでいて、少し感動してしまいました。教師陣の熱意を感じられて、私も応えられるよう頑張ろうと思いました。

 

4月は週5でバイトを入れてしまったので時間がたっぷりは取れず悲しいですが、空いた時間に勉強を進めていこうと思います。果たして26単位以上取れるのか、合格を満たすレポートが果たして書けるのか、そもそもテキストを理解できるのか、不安もありますが、なんとかやっていくしかないです。頑張ろう。

 

 

同じく慶應通信の学生さんでこの記事を読んでくださっている方もいると思いますが、共に精進していきましょう。今後ともよろしくお願いいたします。

 

おわり

慶應の通信教育課程に合格しました。

 この度、慶應義塾大学通信教育課程の文学部第1類普通課程に合格しました。出願書類の提出は3月5日、合格通知の受け取りは3月28日でした。現在学生証や履修登録関連書類の到着待ちです。

 

 高校卒業からギリギリ5年以内の出願だったため高校の成績証明書の提出をせねばならず、高校の成績が3ばかりだった私はかなり不安でしたが、合格していて安心しました。外国語の能力が重視されるとネットで見ましたが、留学経験がある旨を志望理由書で述べたので、それがよかったのかななんて思っています。あとはシンプルに小論文を評価してもらえたのかな。高校卒業後5年以内の人、普通課程志望の人には厳しいと事前にネットで読んでいたので、合格の知らせを受けた時はなかなか嬉しかったです。正直高校や大学に合格した時より嬉しかったです。

 

 ケアレスミスの鬼なので出願書類の記入は恋人にはチェックしてもらいながら行いました。お陰様で不備なく出願できたようです。ありがとう!一人だったら確実に志願書二枚は無駄にしていたと思います。

 

 無事合格したはいいものの、大変なのはここからです。卒業率は1桁と聞くし、レポートの不合格も当たり前らしいので、気合いを入れます。私の場合は通学課程2年次への編入試験の受験を視野に入れているので、7月と10月の試験と夏期スクーリングで総合教育科目26単位以上の取得を目指します。また、編入試験では英語と第二外国語の試験があるし面接もあるので、英語とフランス語の勉強、それから面接対策のために私が勉強したい分野の勉強をやっていかないといけません。「バイトとの両立難しいヨォ」なんて言ってる場合ではないし、今年はバイトは控えめにしようと思ってます。

 

 編入試験がもしダメだったら大人しく通信課程で卒業を目指そうかなと今は計画していますが、確実に通信の方が卒業のハードルが高く時間もかかると踏んでいるので、なんとか今年勉強とバイトを両立して単位を取得することで自分の生活能力と計画遂行能力に自信をつけた上で、無事編入試験にも合格したいです。私が通信を選んだ理由は「通学課程への入学より通信課程への入学の方がチョロそうだしそこから編入を狙うため」ではなくて、「現在の生活能力や体力に自信がないから通信で学びながら自信をつけて、それから通学課程にチャレンジしたいと思ったから」だということを忘れないようにしたいです。そしてなぜ通学課程にチャレンジしたいかというと、「通信の学位じゃなくて『まとも』な学位がほしいから」ではなくて、「ゼミに所属して直接教育者から指導を仰ぎたいと思っているから」だということも自分の中で大事にしていきたいです。これから、ただ学歴ロンダリングがしたいだけなのだと思われることを恐れたり、通信生なことを恥じたり、やはりしてしまうと思います。でも私はただ学歴ロンダリングのために通信を選んだわけじゃないし、自分の選択は適切だったと思っているので、自信を持って、自分の定めた目標に向かって努力しようと思います。

 

 まずは適切な履修計画立て、そして5月に最初のレポート提出、7月に試験、8月はちょっとつらそうなスクーリングを頑張って、またレポート、試験、そして26単位以上取得、そしてそして来年2月の編入試験を潜り抜ける、それが今年の目標です。二度大学を中退した私が再度通学課程に入ったところで果たして生きていけるのかという問題はありますが、その辺は今年生活してみて判断していこうと思います。どうしても自信がつかなければ通信で勉強を続けます。通学課程を諦めることはあったとしても、大学を卒業することだけは絶対に諦めないようにしたいです。この5年間大学での学びにこだわって治療に取り組んできたし、それだけは譲りたくないなと思います。もうここまでくると意地です。

 

 今年は常にやることがあるので気を緩めずやっていきたいです。2度の試験とスクーリングで26単位取得するのは簡単じゃないんだろうと想像しますが、それでもかなりワクワクしてます。早く履修計画を立てたいし勉強も始めたい...!不安もたくさんあるけど、やっぱり楽しみな気持ちが一番強いです。

 

 とにかく合格してよかった。今年度は浪人生やニートをしていた昨年度と違い「学生」というステータスがあるし、以前働いていたバイト先に出戻りして居場所も得たので、精神的に落ち着いた日々を過ごせるのではないかと期待しています。しかし楽観視せず、投薬を続けて、心と体を大切にします。

 

 新年度、共にやっていきましょう。

 

 

おわり